す苫米地英人とお金と1万円札の価値


もしかしたら、私たちはお金と呼ばれる物に縛られすぎるかもしれません。しかし、それは仕方がありません。今は縄文時代ではありません。お金が物を言う時代。資本主義の世界だからです。

みなさんは両親にお金の扱い方について怒られた事があるだろうか?

小さい頃、私は両親から何度も怒られました。

小学生の頃おじさんの披露宴で歌う機会があったので、ステージで長渕剛の乾杯を歌いました。おひねりがとてつもない勢いでステージに飛んで来たのを鮮明に覚えております。

私は最初はなにが始まったのかわかりませんでしたが、気づいたらお金を拾っておりました。無意識とは怖い事ですね。

しかし 私にはどうしてもお金が欲しい理由がありました。ファミコン全盛期時代の私は、お年玉を集めたり、両親からお金を引き出す方法を常に考えていた事を覚えております。

その中でもドラゴンボールのファミコンソフトが喉から手が出るほど欲しかった事を覚えております。

歌い終わり自分のテーブルに戻ると、おいしそうな料理がたんまり配膳されておりました。そんな事はどうでも良いくらい千円札が何枚あるかを見るために1つずつ数えてしまいました。その瞬間父に非常に怒られた事を覚えております。

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それが昭和の親の感覚だと思います。平成の親はどう言うのかわかりませんが、現代、親になったばかりの人々はそんな怒る人はいないのではないでしょうか?


しかし私は子供でありながらなんで必死にお金を拾ってしまったんだろうと今でも思う事はあります。



それがもしお菓子だったら、蒲鉾だったら? アンパンだったら?そこまで必死に拾っていたでしょうか?そこまで拾ってはいなかったでしょう。


しかし私自身が千円札を拾う事によってファミコンソフトが買えると言う事は理解していたと言う事です。ある意味お金の価値を理解していたのかもしれません。


当時、バブル経済の真っただ中でした。今の時代とはくらべものにならない程自分の欲望に正直な人がたくさんいました。お金がすべてと言うくらい。お金を湯水の様に使う人がたくさんいた時代でした。大人も子供もその時代の波に呑まれていたのだと思います。



その頃の人々はお金の価値を見失っていたのでしょうか?時代だからしょうがないのかもしれません。



小さい頃、私はバブル経済について全く理解してませんでした。不動産と日経平均株価がこの後数年間で暴落することを、他の誰が予想してたでしょうか?


お金に踊られた人がたくさんいました。


バブル経済についてはまた違う項で話していきたいと思います。



それはお金に狂わされた時代でした。アベノミクス以上に・・・


有名な認知科学者で苫米地英人さんがいます。


彼の本にこんな一節があります。


10,000円札を破くことができますか? 。 普通の人間であれば10000円でなにができるだろう。何が買えるだろうと考えてしまうと破く事はなかなかできません。


当時の私は少し破れかぶれだったので、なんだか挑戦されたかの様な気持ちになってしまいました。破らずに10,000円札を燃やしたことを覚えています(笑)。

一瞬にして燃えてしまいました。

そんな事をするのは大正時代の成金だけだなんて思ってもいました。


しかし、燃え尽きていくお札をみながらある事に気づきました。

自分自身がいかにお金と言うものに縛られていたと言う事です。


お金自体は単なる紙切れです。あくまで表面的にはと言う意味ではあります。



そんな事に初めて気づいた気がしました。その事を理解していない人がたくさんいます。

お金を燃やして気づいた事がもう一つありました。私のお金は燃えてしまいましたが、私が一万円を得るために働いた仕事の価値はなくならないのではないかと言う事です。

私の中には経験値が貯えられ、お金と同等の価値が蓄積されたのではと思ったのです。


自分が価値を引き付ける人間になれば良いのではないかとそう思ったのです。そうすれば形としての一万円は消えたが自分の価値を高めれば無尽蔵にお金が引き付けられるのではないだろうかと言う事でした。

苫米地博士はぱっと見少し怪しい雰囲気を醸し出しておられます。(笑)

苦手な人もいるかもしれません。

しかしです・・・

それだけで彼の本を読まないのはとてももったいない事です。是非どんな本でも構わないので一読する事をお勧めいたします。


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苫米地英人

1959年、東京生まれ。認知科学者(機能脳科学、計算言語学、認知心理学、分析哲学)。計算幾科学者(計算機科学、離散数理、人工知能)。カーネギーメロン大学博士(Ph.D.)、同Cylab兼任フェロー、株式会社ドクター苫米地ワークス代表、コグニティブリサーチラボ株式会社CEO、角川春樹事務所顧問、中国南開大学客座教授、全日本気功師会副会長、米国公益法人The Better World Foundation日本代表、米国教育機関TPIインターナショナル日本代表、天台宗ハワイ別院国際部長、財団法人日本催眠術協会代表理事。

マサチューセッツ大学を経て上智大学外国語学部英語学科卒業後、三菱地所へ入社。2年間の勤務を経て、フルブライト留学生としてイエール大学大学院に留学、人工知能の父と呼ばれるロジャー・シャンクに学ぶ。同認知科学研究所、同人工知能研究所を経て、コンピュータ科学の分野で世界最高峰と呼ばれるカーネギーメロン大学大学院哲学科計算言語学研究科に転入。全米で4人目、日本人として初の計算言語学の博士号を取得。
帰国後、徳島大学助教授、ジャストシステム基礎研究所所長、同ピッツバーグ研究所取締役、通商産業省情報処理振興審議会専門委員などを歴任。

現在は米国認知科学の研究成果を盛り込んだ能力開発プログラム「PX2」「TPIE」を日本向けにアレンジ。日本における総責任者として普及に努めている。
著書多数。



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昔太っていた頃の運の話

私は小さい頃非常に太っていました。体重はあまり覚えてはいないけど、明石家さんま大先生に出演していた内山君のような体型をしていた。

汗っかきだし、おなかは出ているし、足は遅いし、何よりそれに本人は全く気付かなかった。

不思議と周りのみんなは何も言わずにいてくれたのかもしれない。

そういった意味では私は小さい頃に本当の友達と呼べるような人はいなかったのかもしれない。

幼稚園時代私は自分が太っていたとは少しも思っていなかったが、それは周りの先生方が気を使ってくれていたからだと想うことが大人になるとよくある。

不思議と小さい頃は体型について一切馬鹿にされる事はなかった。

それは今思うと良いことではなかったのかもしれない。

小学生の時になると少しづつ自分の実力がわかり周りの目線声も聞こえてくるので

自分の評価がわかってきた。でももっと早くわかってればなんてことは多々あったものだ。

私が敬愛するゲッターズ飯田さんも言うように馬鹿にされたほうが馬鹿にされたほうが馬鹿にするよりは良いと言っています。

私も幼稚園の時代にもっと馬鹿にされていれば良かったと思う事が多々あったものである。

大人になって職場で叱責を受けたり、取引先、仲間から酷いことを言われる事が多々あるが私も大人になり切れず反論してしまう事が多々ある。

何度かあまりにこじれてしまい会社を退社しようかとおもった程だ。私が悪かったのだろう。

人に馬鹿にされると運がたまるのかもしれない

不思議と馬鹿にするよりも気持ちは楽である。

もっと人に馬鹿にされてもいいと思えるくらいな男に私もなりたいと思う。

人生はあまりに長いのだから・・・

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その反対に私も職場でどうしても人に当たったり、人を小ばかにしてしまう事が何回かあったがそんなときは必ずと言って良い程、同じように人に叱責されたりすることがあったのである。

実に不思議なことだななんて本当におもったものである。

人間は相手にしたことは大体自分にも跳ね返ってくるものなのかもしれない。

そのメカニズムについては誰もそう簡単には解明できないかもしれないけど、人間のもっている罪悪感がそうさせている部分もあるのかもしれない。

だからと言って氷の様に冷たいサイコパスの様な人間はその報いを受けないなんて事を言っているわけでは無い。

彼らもそれなりの報いは受けるのだ。

大切なのはあまり気にしてもしょうがないと言う事なのかもしれない・・・

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ひいお婆さんの運の話

私は小さい頃、田舎に行くとおばあさんよりもひいお婆さんに可愛がられた事を思い出す。体の大きい人でまるで女王の様な風格がある方であった。

椎の実を裏山まで取りにいったり。夜になるといろんな昔ばなしを聞かせてもらった事を思い出す。

一つ思いでに残っているのは彼女がいると多くの人間がお正月になると田舎に集まってくると言う事である。子供は8人くらいいたようである。

私のおじいさんを含めた8人である。

いくら子だくさんでもお正月になって子供が集まらない所は集まらないものである。それは私が身をもってわかっている。今の実家に兄弟二人とは言え、私と弟が同席する事があまりないのだから・・・・

そこにはやはり人徳があるのだろうと今でも思うのである。

私が高校生の時に彼女は亡くなってしまった。その時は不思議と涙が出てこなかったが、自分の中の悲しみとしっかり向き合っておけばよかったと今では思う。家族とは偶然だけれども作り上げる物なのである。後悔した時にはもう遅かったりする。

人は人に引き付けられて多くの人が集まる。人徳を高めなければ運も高まらないのだろう。私も日々努力していきたいものだ。

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戦争の時代に生まれた人の運

太平洋戦争の時代では日本国民は成人男子であればほぼ戦場に駆り出されるのが普通であった。中には招集される事を拒むために醤油を一気飲みして体を不健康にして、不合格にになるようなものもいた。しかし学徒出陣が始まった頃、それが一切通用しなくなる。

それまでは学生であれば戦争免除されていたのにそれがなくなってしまい日本はますます一億総玉砕の様相を見せていく。

現代人であればこれから夢を沢山叶えていくような年齢の物たちだ。現代であればこれからサラリーマンになり平凡な家庭を持ち妻をめとり、家族を作り幸せな家庭を作ったり。人によっては起業したり、スポーツ選手になったり様々であろう。

しかしそのような夢を見れた人はいなかったであろう。

それでは彼らは運が悪かったのであろうか?何故彼らは生まれながらにそのような環境のもとに生まれ落ちてしまったのであろう。

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誰もそれをこたえる事は出来ないと思う。現代から100年もたっていないような時期である。私たちの祖父母の時代の話だ人によっては曽祖父の時代かもしれない。

一つ言える事がある。私達現代人に生きる運を与えてくださったのは先の戦争で亡くなられた方々なのではないかと思うのだ。彼らがいてくれたからこそ現代の平和があったと言える。運を授けてくださったのだろう。

私たちはこの貰った運を後世に伝えるべきである。そして先人をいつまでも供養し、感謝の心で祈る気持ちが大切ではないだろうか?

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崖から落ちても死ななかった運の話

私がまだ小さいとき田舎のおばあさんの家に行った事があった。

静岡県の南西部で冬でも比較的あったかい場所でもある。

冬に行くとミカンが美味しいとても素晴らしい。

ある日親戚のおばさんの家の前で従妹と一緒に遊んでいたのである。何歳の時かは覚えてはいないが。確か小学校には入学していなかった時の話すなわち幼稚園児位の話である。

海が近い場所なので結構崖が多い場所であった。

何を血迷ったか私は崖の反対側に行って遊んでいたのである。その時である

手が滑って一気に崖の下に落ちたのである。周りの人間は死んだと思ったようだ。

しかし不思議な事に私はかすり傷をしたくらいであっけらかんとしていたようだ。

親や親せきは気が気でなかったと思う。

何故ケガしなかったのか論理的に説明するのは、難しい。

しかし今となってはいろんな事に感謝するようになった。

やっと最近である。感謝が足りなかったのかもしれない。長い人生の中で崖に落ちるくらいの痛みは沢山あった気がする。

都度感謝して行動していればそんな事はなかったのかもしれない。

運を実感して感謝するそれも大切なのだろう。

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事故災害における生存者と運

台風十九号が通り過ぎたばかりではあるが日本各地にはいまだに爪痕が非常に残った形となった。つい先日、千葉県市原市では壊滅的な状況になったというのに最近の日本の天気ときたら、東南アジアの様になってしまった。

今回の台風で命を落とされた方々も何名かはいらっしゃる。しかしその反対には何事もなかった生存者の方もいるのである東日本大震災での記憶は日本国民であるならば非常に鮮明に記憶に残っているに違いない。海からの津波による死者は数万人にも及ぶ、まるで戦争があったかのような悲惨な状況は日本経済にも影響を及ぼし、東京電力株は大暴落したのである。

その災害によってなくなった方が日頃良い行いをしていなかったから、災害に巻き込まれてしまったとは決して言いたくないのである。

中には長年の悪い行いにより災害に巻き込まれたような方はいるのかも?しれない。

しかしそんな事は立証はできないのである。しかし人々が行動する動機は自分の欲求に対して行動していくものである。

お亡くなりになった方の中には職務上そうならざるを得なかった方々も何人かいらっしゃるのかもしれない。警察官、公務員、警備員、消防士、看護師、介護士等人を助ける人々にとって目の前にいる困った人々は助けるべき人であってそれを助けたいと思うのは性であり業である。

お亡くなりになった事は運が悪かったと言う見方もあるかもしれない。しかし彼らが逃げずに困った人々を最後まで救助して災害に巻き込まれたのであればその勇士を称えたい。普通の人間であれば逃げ出してしまう。

私たちはあなた方の事は決して忘れはしない。いつまでもいつまでも。

そのような人々はお亡くなりになってから人々から賞賛されるのである。

もし生まれ変われるような運を神様が与えてくれるかもしれない。

セウォル号から逃げた船長とは大きな違いである。

この様な事に触れるとますます運と言うものの奥深さが身に染みる。

人は誰かに必要とされる事によって快感をえる事もある。それが満たされる事も運の一つなのだろう。

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宝くじが当たった人は運がわるい⁉

日本には年末ジャンボ宝くじなるものがある。アメリカにもそれに類似するようなものがあるがその額は日本の比では無い。

日本のジャンボ宝くじが数億円あるのに対してアメリカは数百億円規模の物まで存在する極めて大きい市場?になっている。

日本では年末になると恒例で宝くじ売り場の前で行列をなす人々がほとんどである。

(この数百円の券が何億円に当たればいいな)なんて思って並んでいる人が頬とんどだ。他人の事はどうでもいい、むしろ当たった後何を買おうかなんて考えている手合いもいるくらいだ。取らぬ狸の皮算用・・・大体そのような計画は失敗に終わる。

末期がん患者の手術失敗確率と生存確率が低いのである。

しかし人間は夢を見たい生き物なのである。

他のサルと人間が格段に違うのはその様な所なのだろう。

人は現実だけでは生きてはいけない。大きな夢を抱いてこそ大きな希望をもって生きていけるのである。

本題に戻るが、宝くじに当たった人は運が良いのかどうか。それはそのお金をどう運用するかどうか。お金をもらってどう思うかにもよるのではないだろうか?

お金を得ることがストレスになってしまうような人が急に数億円の大金が転がり込んできたらどうなるだろうか?出たくもないフードファイトに出て商品としてホットドッグ一年分をプレゼントされたようなものだろう。

食べきれないし、使い切れないし、使い方がわからないからむしろ人に騙されたりして借金をするまでになる可能性もある。そのような人はきっと運が悪いと言う事だろう。

しかしそのお金をうまく利用する事の出来る人であれば運が良いと言う事になる。

浪費に使うだけしか考えてないような人が当選してもそれは運が悪いと言う事だ。

結論から言うと持つべき人間にとっては運が良い持つべき人間でない人にとっては運が悪いと言う事である。

大切なのは自分には本当に何が必要でそのために自分を常に磨き上げているのかどうかと言う事だ。本番は急に来るのである。あらゆることを想定して刀を研ぎ続ける事

そして不要なものには近づかない事。それも運に関係しているのではないだろうか?

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運命は変えられる

運とは一体何なのだろうか?考えた事はないだろうか。自分は貧乏な家に生まれたのに友達は金持ちの家に生まれ大学まで何事もなく進んで社会人になっていく。

自分の方が美人なのに( ´∀` )あの娘の方がイケメンで金持ちの男の人と先に結婚してしまったりと、数え上げれば切りがないだろう。

前者の例の金持ちの家に生まれた友達の事をあげれば、前世の事を持ち出して考えだしてしまう人もいる。今現在この様な家庭に生まれ落ちたのは前世で悪い行いをしたからだと・・・

もしかしたらそう思うのは人類の知恵なのかもしれないその考え方は決して否定はしてはいけないのではないだろうか?この世の中には貧乏人から身を起こして成功者になった例は沢山あるのだ。あきらめてはいけない。

もしかしたら彼らにとっては貧乏人の家庭に生まれ落ちた事が運が良かったと言う事になるのであろう。もしお金持ちになっていれば成功はなかったかもしれない。彼ら自身はそう言うだろう。しかし結果はわからない。大切なのは境遇は関係なく成功できる、運の良い人間になれると言う事が非常に大切な事なのである。

私たちは生まれたからには不幸になってはいけないと思う。

運が良い人間になる権利はあなたにも私にも当然あるのである。

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