安藤なつが結婚しました⁉女は見た目じゃない?いやいや見た目は大事です。

カズレーザーの相方でお笑い芸人でもある安藤なつさんが結婚されたと言う事である。最新のニュースではないがこの話題について取り上げてみたいと思う。

メイプル超合金としてブレイクしてからはカズレーザー程ではないにしろその存在感は他のデブタレントを圧倒するほどの物である。

奈良の大仏がそのままテレビに出ているようなご利益感があるなんて私は見ていてつくづく思うのである。

正直言う、決して美人ではないブスでありデブであり不細工である。

モデルとしての商品価値と言うと正直ないと言っても過言では無いだろう。

CMなんかをホンジャマカの石塚さんと一緒にやるのがちょうどいいのではないかとずっと思っていた。

結婚相手に聞いてみないと彼女の良い所が教えてもらえない事であろう。

彼女がもしAV女優としてデビューする事があったとしてもマニアックな視聴者以外はほとんど見る事がはなく絶大な人気は取れないかもしれない。

            結婚に見る体型

こと結婚や恋愛に関して言うとデブやハゲやブスと言う点は相手側にとっては関係ない事なのかもしれない。

いや相手にとってはその他の人からの彼女彼氏の評価等関係ないのかもしれない。

過去の芸能界を見てみても、さまざまなデブタレントが結婚恋愛してきたものである。

小錦、曙、そのほかの相撲とり、斎藤さんあ(ハゲ)…等数え上げれば切りがないかもしれない。

            

「小錦」の画像検索結果
小錦

小錦さんは一度目の奥さんとはすでに離婚はされてはいるが現在は幸せそのものの様である、奥さんとは出会ったその日に結婚してくださいとプロポーズされたとのことである。

それを承諾された奥さんも凄い事ではあるが、やはり小錦さんには良い所もあると言う事である。そう彼女にとって小錦さんと言う人は魅力ある人物に見えたと言う事なのである。

犬に例えてみるとわかってもらえるかもしれない。世の中にはさまざまな犬種がいるものである。

柴犬から始まり、ブルドッグ、シェパード、ポメラニアン、マルチーズ、ゴールデンレトリバー等々沢山いるものである。

可愛い犬種がいるのにその中でも大型犬を飼う人もいれば、小さい犬種の犬を飼う人がいるのは何故だろうか?

それは自分が扱いやすくて自分との相性が合いそうな犬種を選んでいるのである。普通の人間なら飼う事を躊躇してしまうようなドーベルマンや土佐犬、シェパードでも飼いたいと言う人がいるのである。

人の好みと言うのは不思議なものである。

多くの人から不細工だななんて言われるであろうブルドッグも実は人気がある犬である。人間によって品種改良されてしまったブルドッグであるので不細工なんて軽々言うのは少し可哀そうな気がするが好きな人がいるから救われる気がする。

       経験と環境から導き出される美醜に対する感覚

美醜の話になると突き詰めると話は長くなりそうだが、根本的には人の好みなんて言う物はその人の経験と環境から導き出されるものではないだろうか

遺伝と言う話もあるかもしれない、小さい頃に美人や美男子から嫌がらせをされたりして、いやな思いでがある人は美人美男子に対して良い感情をもっていないかもしれない。

同級生にデブのガキ大将やデブで意地悪な女性がいた人はそういう容姿の人に足してある種のトラウマをもってしまう物ではないだろうか?

だからこそ、安藤なつさんが自分より先に結婚したと悲しむ必要もないし、

少し太っていたり少し不細工な人々が、過大に勇気を持ちすぎる事も危険なのである。

問題は安藤なつがその彼からプロポーズされたのでありあなたがされたのではないからである。

人がいればいればいる分だけ好みとはあるのである、だれもが安藤なつのように太っているのに良い人を見つけらえれるわけでは無いかもしれない。

残酷な話だが現実の社会では彼女の様な女性はほとんど見向きもされないのであるから…

しかし彼女から得られる事は沢山あると思う。

自分を貫いた彼女をほめたたえたいし彼女の今後の幸せを祈って行きたい。

しかしながら、人生は長いのである油断は禁物である…

安藤なつ

「安藤なつ」の画像検索結果

お笑いコンビ・メイプル超合金のメンバー。相方はカズレーザー。コンビでの活動ほか、ドラマではNHK BSプレミアム「ナンシー関のいた17年」ナンシー関役、テレビ東京「吉祥寺だけが住みたい街ですか?」重田都子役(主演)、フジテレビ「アタシんちの男子」、テレビ朝日「アンナさんのおまめ」、日本テレビ「デスノート」、「天才バカボン」など。映画では「ラフ」田沼春子役で出演。そのほか、フジテレビ「志村流」にも登場。趣味は回転寿司めぐり、たこ焼き焼き。特技はおしりを堅くすること。

誕生日1981年1月31日星座みずがめ座出身地東京都血液型A

宇多田ヒカルと藤圭子に見る母子の絆とライバル心と言う力

今の十代の子にとっては宇多田ヒカルと言っても少し遠い過去の存在になってしまったかもしれない。

私がまだ幼い時に美空ひばりさんがお亡くなりになったがその存在とまではいかなくても過去の人と言う様な印象があるかもしれない。

最近はやっている歌手で有名な女性シンガーと言えば、山本彩であったり、あいみょんであったり家入レオと言った所だろうか?

そういう子たちを聞いて育った子たちに昔の宇多田ヒカルを聞いてもらっても共感はしてもらえないかもしれない。

ラブソングに共通する一種のテーマ性に関しては共通するところはあるかもしれないが現代の女の子には少し暗すぎる?かもしれないなんて思うのだ。

音楽的な暗さで言うならばみゆき先生事中島みゆきの方が圧倒的に暗さはあるが宇多田ヒカルの歌にはなんとも言えない暗さがあるのである。

            彗星のごとく登場した天才歌姫

あまりにもここら辺の登場の下りは何べんもいろんな人々が論じてきたことかもしれないが、宇多田ヒカルが登場してきた時は正直何が起こったのかわからなかった。それが正直な感想なのである。

時代は小室哲也の曲や、ビーイング系列の曲、ビジュアル系の曲と大きく分けるとこの三つが幅を利かせていた時代である。

ミスチル、スピッツ等がいるではないかと言う人もいるが、それは90年代を遠くから見たときに存在感を感じるのであってあの時代に生きた人間にとっては

まさに上記の三つのカテゴリーが幅を利かせていたと言っても過言では無いのである。

 

「ザード」の画像検索結果
ZARD
「ラルク」の画像検索結果
ラルクアンシエル
「TRF」の画像検索結果

               TRF

JPOPを創業したのは松任谷由美や吉田拓郎、井上陽水、フォーククルセダーズであったがJPOPを完成させたのは上記の三つのカテゴリーだったと私は思っている。

売上で見ても彼らが日本の音楽業界に与えた影響力は測りしれないのである。

そうその中に突如として宇多田ヒカルが登場してきたのである。

空間が少しゆがむ位の衝撃であったのであろう、東日本大震災の様な衝撃ではないのである。静かにまるで地面を侵食して日本列島の形を変えていくようであった。自動的に→Automaticに…

アメリカの音楽業界でもR&Bなんてものはとっくのとうに民衆に知れ渡っており

ベイビーフェイス、マライアキャリー、ボーイズⅡメンなんかが流行ってはいた。

宇多田ヒカルはそこにちょっとしたビブラートを聞かせて日本人に聞きやすい様に解釈して曲作りをして浸透させたのである。

まるでそれは初めて藤田田さんが日本にハンバーガーをもって来た時の様な物である。アメリカン人の物まねの様な音楽をしていたわけでは無いそこが偉大なのである。

              藤圭子と言う伝説のシンガー

藤圭子さんとは宇多田ヒカルの母親である。この人の歌は物凄いと言う形容しか正直出てこないのである。

まるで血を吐くように歌うのである。映画の中から出てきたかのような存在感とまるで人形の様に目鼻立ちがくっきりとした容姿どれをとっても完璧である。

現在この様な歌手を登場させようとしても無理なのではないかと思ってしまうのである。深さと言うか本物感が本当にすごいのである。

少女の頃や小さい時にこの年代の人たちはとても苦労して来たのであろう。

それが彼女の歌からは伝わってくるのである。気持ちを伝える事に関しては宇多田ヒカルを超えていると思う。

巨人の星の中でも彼女の歌は登場してくるほどである。それだけ彼女はその時代を代表する人であった事が伺えるのである。

しかし彼女が活躍したのは少し位時代である1970年代までであり1980年代になると彼女は人々の中でそこまで必要とされなくなってしまうのである。

人々はリアリティーを求めなくなり松田聖子や中森明菜のようなアイドルを求める様になっていくのである。

言い換えると歌と言う物が大人の物から子供の物へと主導権が移った時代に突入してしまったのかもしれない。

               忘れられた母親と脚光を浴びた娘

藤圭子の存在が忘れ去られて何十年後に宇多田ヒカルと言う人が登場するのである。私はこの出来事は少し悲しい話でもあるのかななんて思うのである。

親子鷹なんて言葉もあるがそんな生易しい事ではないのではないかと思うのである。

一度脚光を浴びた事のある人間はいつまでも人々に脚光を浴び続けたいと思う物なのではないだろうか?

娘が成功するにしたがい、藤圭子さんの中には一種の嫉妬とも思えるような感情も巻き起こっていたに違いないのである。

晩年の藤さんはとても奇行の多い人として週刊誌などで度々報じられるようになるのである。元旦那でありヒカルさんのお父さんとは何回かくっついたり離れたりを繰り返していたと記憶している。

ヒカルさんも正直そんな母親を見るにつけ悲しい気持ちがこみあげて来たに違いない。

自分を責めた事もあったに違いない、もしかしたら自分が成功しなければ母はあんな死に方もしなかったし、奇行もしないで家族で幸せに生活出来たのではないかと悔やんだかもしれない。

少女のヒカルさんはきっと母親に認めてもらいたいと歌を一生懸命歌ったことであろう。

何が幸せで何が不幸と言う話をしたいわけでは無い。多くの人々を楽しませたり喜ばせると言う行為は裏ではとてつもない努力と物語があると言う事を伝えたいと言う事である。

宇多田ヒカルさんも藤圭子さんも同じこの世に生まれ落ちた一人の人間であった。テレビの中で一緒に歌う姿を一度は見て見たかった。

しかし宇多田ヒカルの歌手としての成功には藤圭子さんと言う存在が無くてはならなかったし、これからも彼女に影響を与えるのは母が一番であろう。

だからこそ私たちは彼女を聞いて感動したりするのである。

その歌の正体が一種の愛情の飢えから生じるものであるから…

だからこそ宇多田ヒカルはアーティストなのかもしれない。日本一のシンガーソングライターなのかもしれない。

これからも彼女を応援していきたい真に…

関連画像
宇多田ヒカル

宇多田ヒカル(ウタダ ヒカル) シンガー・ソングライター。1983年1月19日生まれ。A型。1998年、シングル「Automatic」で日本デビュー。翌年リリースしたアルバム『First Love』で、約765万枚という驚異的な売上げを記録する。日本を代表する女性アーティストとして活躍。

「藤圭子 プロフィール」の画像検索結果

        藤圭子

1969年「新宿の女」でデビュー、70年「圭子の夢は夜ひらく」が10週連続1位を獲得し日本レコード大賞大衆賞を受賞。 79年に引退し渡米、81年に藤圭似子として再デビューした。 82年に音楽プロデューサーの宇多田照實と結婚、長女は宇多田ヒカル。

プラダを着た悪魔に見る自分との向き合い方と女としての幸せ?どっちも幸せなんです実は。

プラダを着た悪魔と言う映画を見た事があるでしょうか?

この作品は2000年代に入ってから公開された映画の中でも私は比較的好きな

話です。名前にブランド名が冠されていて悪魔だなんて大本のブランドからは

クレームが来なかったのかなんて心配になってしまう位です。

この映画によって主演のアンハサウェイは一躍トップ女優の仲間入りをしたのではないかと思うのであります。

脇を務めるのは大女優のメリルストリープです。なんと言う豪華な共演なんだろうと思えば思う程凄い映画なんです。

日本の女優に例えるなら、三田佳子と綾瀬はるかが共演したようなものなのでしょうか?

綾瀬はるかもその昔は少し太っていた事を考えると日本版をやる際はぜひ彼女を主役にして欲しい所であります。

あらすじとしてはこんな感じです。↓

名門ブラウン大学を卒業し、ジャーナリストを目指すために田舎からニューヨークたアンドレア・サックスは、幸運にも何百万の女性の憧れとする仕事、ファッション雑誌『ランウェイ』の編集部へと就職した。

しかもその編集長で、ファッション業界に対し絶大な影響力を誇る、ミランダ・プリーストリーのアシスタント職である。だが、ミランダは自分の身の回りの世話を、アシスタントに押し付けるなどの横暴を発揮する最悪の上司であり、今までに何人もがこの仕事を辞めていたのであった。

ファッションには何の興味もなかった彼女であるが、本来の目的である文芸誌での仕事への足がかりとして、彼女の悪魔な要求に耐えていく…

そんな話であります。

まあメリルストリープ演じるミランダの要求が物凄いのなんの、もうパワハラのレベルを超えているんです。

ミランダの要求に耐えられなくて辞めていくアシスタントが実に多かったようである。それにも関わらずミランダの要求は一切緩むことはなく

次から次へとアンドレアに課されていきそれを解決していく様子が実に痛快で面白いのである。

それはかぐや姫の要求のように絶対に叶える事は不可能な要求ではないからではないだろうか?

この映画はその点において実に勇気をくれるのである。

その中でも凄いのがハリーポッターの最新刊の原稿を娘の為に準備しろと言う物。

当時のハリーポッターに人気はすさまじかったのでしょうね。

それだけ原稿が入手できなかったのでしょう。

その入手困難な本を娘の為に用意しなさいと言うのだから、とんでもないですよね。

日本でも入手困難なものは沢山過去にありました。

最近はあんまりそのようなものはジャニーズのチケット位しか思い浮かびませんでしたが

ドラクエのファミコンソフト、たまごっち等実に多く入手困難なものはあったものです。

その都度人々は入手するのに高額なお金を払ったり、入手できるまで待ったものです。

ですから人気絶頂のハリーポッターを娘の為に要求するなんて鬼の様な行為なんです。

「ミランダ プラダ 悪魔」の画像検索結果

           鬼の要求のミランダ

日本の企業でも最近ではパワハラについては厳しく取り締まられているように感じる。

それまでの日本には時間的なパワハラ、肉体的精神的なパワハラ等様々であったと思う。

警察官や消防官の日頃の訓練だって言い方を変えればパワハラだって捉えられてしまうかもしれない。

そんな世の中になってきているのである。

アンドレアはミランダの要求にこたえながら自分を磨きあげて

実に成長していくのである。双葉が大きくなり樹木になっていくように

すくすくと成長していくのである。そんなアンドレアに対してミランダは深い愛情をもっていたのかもしれない。

少しずつ気持ちを許していくのである。

          ミランダの様になりたくないと決心したアンドレア

仕事の為手段を択ばないミランダに対してアンドレアはいつしか、不信感を抱き始めるのである。

その頃好きな彼氏との時間も取れずに精神的に不安定になっていたのかもしれない。

仕事のパートナーに対して平気で裏切る行為をしたり、旦那に愛想をつかされるアンドレアを見るたびにその思いは深まりついに

堪忍袋の緒が切れてアンドレアはミランダと決別してしまうのである。

あなたの様になりたくはないと言い残して…

その後アンドレアはミランダから離れ別の場所へと就職しようとするが

その会社にミランダからのドッキリとも思える推薦状が届くのである。

アンドレアの子の事をほめたたえるその文章は雇い主を大いにお動かした事であろう。

まるで我が子を見るようにアンドレアに接していたのかもしれない。ミランダにしてみれば自分の弟子であり娘と言う所であろうか?

この物語は今までの様な彼氏との生活を取り戻したアンドレアと仕事ばかりのミランダみたいな感じで終わっている。

しかしそれだけがこの映画のメッセージではないと思うのだ。

ミランダも仕事が好きな女性なのであるよって仕事に生きる喜びがあるので幸せと言える。

アンドレアも彼氏と一緒にはなったが、人生は実に長いのである。

映画はなんでもそうだがある時期を切り取ってクローズアップしている物である。

その後の人生については自分で想像するしかないのである。

ミランダが不幸な女でアンドレアが幸せな女なんて簡単分けたくはないのである。

二人ならきっとパワフルな老後を送っている事である。

もしあなたが女性なら、ミランダの様になりたくないと思おうがミランダの様に仕事に生きていきたいと思うのは自由ではないだろうか?

それはあなたが決める事である。幸せかどうかなんて体験してみないと明からないし個人の問題である。

是非まだ見た事が無い人がいるのであれば見て欲しいと思う。

「アン ミランダ プラダ 悪魔 」の画像検索結果

プラダを着た悪魔

オシャレに無関心なジャーナリスト志望のアンドレアは、ニューヨークの一流ファッション誌編集部でカリスマ編集長ミランダのアシスタントとして働くことになる。一見、誰もが憧れる夢のような仕事、しかしそれはミランダの理不尽な要求に振り回される過酷なものだった。TVシリーズ「セックス・アンド・ザ・シティ」のデビッド・フランケルが監督、主人公アンドレアにアン・ハサウェイ、鬼上司ミランダにメリル・ストリープが扮する。

2006年製作/110分/アメリカ
原題:The Devil Wears Prada
配給:20世紀フォックス映画

KARAハラ~あなたを忘れない日本中を熱狂させたミスター~整形大国の悲劇⁉死なないで欲しかった…

先日日本を10年くらい前に熱狂させたKARAのメンバーでもあるハラさんが

自らの命を絶ったと言うニュースが日本中を席巻していた。

彼女の日本での芸能人としての賞味期限はとっくのとうになくなっていたかもしれない。

しかしながら彼女がなくなった後の衝撃たるや物凄いものであると感じるのである。一体なぜだろう。

今までにも日本の芸能人の中で自ら自殺を選んでいった人が多かったが

「ハラ ミスター」の画像検索結果

今回の件は少し脱力感でしか感じなかったのである。それはなぜか

今回の件は少し集団のリンチに近い状態に陥っていたのではないだろうかと感じているである。

少し前であったであろうか?文政権の中の中心人物にスキャンダルが出て

物凄いニュースになり、その後は国民全体でその対象を引きずり下ろすような報道がなされ、挙句のあてに辞任してしまったのある。

彼は自殺はしなかったが、ハラさんの場合はもっと陰湿に様々な誹謗中傷があったのではないかと思うのである。

           忘れてはならないかつての日本もそうだった

今では総理として3000日程勤務されていて政治家の評価が上がったであろう安倍晋三首相以前の日本の政治家に対する日本の世論も全く同じ様相であった。

韓国だから、日本だからと言う議論は私はしたくはないのである。

正直、自分が羨望のまなざしで見ている人間が少しでも失態を犯せば足を引っ張りあうのは人間のさがなのかもしれない。

安倍首相以前の政治家といったが安倍首相だって第一次政権の時は正直見ていられる状態ではなかった。

病気で一旦政治活動を休んだが当時はどうしても、逃げたようにしか見えなかったのである。

それはそれは酷いバッシングだったのである。今の十代の子たちはそんな事本当にあったのですか?なんて言うかもしれないが

「安倍晋三」の画像検索結果
バッシングの過去から復活した安倍総理

本当に安倍バッシングはは凄まじかった。まるで弱い者いじめであった。

小泉純一郎の後とあってより安倍首相の弱さがクローズアップして見えた気がした。

安倍晋三と言う人は何故復活したのであろうか?彼は自分の弱さを認めたのかもしれない。

彼を支援する人々が非常に多かったのは事実であるが、その前に彼自身が強がる事を辞めたのかもしれない。それは非常に大きな事ではないだろうか?

人は偉そうにしている人を見ると私もそうだが、いい気はしないのではないだろうか?虚構ばかりを見せて真実が無い人間はいつも叩かれる対象になる。

安倍晋三の真実それは病気であったと言う事。それにより彼は病気の自分、弱い自分と向き合う事で復活したのである。

            男と女の嫉妬の差

男の嫉妬もさることながら女の嫉妬と言うのはそれはそれは酷いものなのかもしれない。

ただこの韓国と言う国に関しては少し複雑な事情がいくつも絡みあっているのではないのか?なんて思っているのである。

韓国と言う国は、整形大国である。若い男女だけでなく幅広い年代で整形をしている人が非常に多いのが事実である。

自らの本当の顔を捨て新たにメスを入れた顔で世間で生活してい人が多いのである。中には整形に嫌悪感を抱いて一切そういう事をしない人もいるのではないだろうか?

ハラさんが整形をしていたのか?していないのか?なんて事は正直わからない

しかし、あまりにこれだけ整形手術をしている人々が多い国となってくると

ファンの中にもハラさんが整形をしると思ってしまう人もいるのではないだろうか?問題はファンではないアンチがそう思って彼女の事を攻撃して今う事である。

自分より優れていて美しい人間がいると攻撃してしまうアンチがいるのは日本も韓国も同じである。

自分も整形しているのにそうなれなかった人たちが攻撃しているのか?

ハラさんに整形疑惑をして自分が整形をしていないから攻撃しているのかはわからない。攻撃の中身は整形の事ばかりではないかもしれない。

だからこそとても闇が深いと思うのである。

今回の件について、人から誹謗中傷なんて気にすることはとても馬鹿げている事だと改めて感じてしまったのである。

だからこそハラさんには生きていて欲しかった。

またKARAとしてミスターを歌って欲しかったそれが私の気持ちである。

「ハラ」の画像検索結果

ハラ

  • 名 前: ハラ(KARA) (ハラ)
  • ハングル表記: 구하라(카라)
  • 生年月日: 1991年 1月 13日
  • 没年月日: 2019年 11月 24日
  • 身長/体重: 163cm,43kg
  • カテゴリ: タレント、歌手
  • ジャンル: ダンス
  • デビュー: 2008年<KARA>『1st Mini Album 』
  • メンバー: KARA
  • 血液型: B型
  • 干支(えと): 未
  • 星座: やぎ座

沢尻エリカとはなんだったのだろうか?ヘルタースケルター~演技とは狂う事である証明

沢尻エリカが先日逮捕された事は日本中の人間の耳に情報と知って入っている事だろう。

合成麻薬MDMAの所持容疑と言う事である。

前々から沢尻エリカに関してはそれはそれは多くの薬物情報があった。

今回の件を受けて、噂になっている人々はもしかしたら、本当にやっているのではないだろうか?と思ってしまった人もいるのでは無いだろうか。

清原、ASKAの時の様な驚きと言う物は正直なかったのではないだろうか?

会社でまじめに働いている女の子がやけに最近あか抜けて、

派手になり、羽振りが良くなっていった所、会社で風俗嬢をやっていると噂が流れていたその子がカミングアウトした時の様な、

(わかってるよ感)が物凄い強い感じがする。何を今頃言ってんだよって思う人もいるかもしれない。

週刊誌の立場からすれば、もう十年早く捕まってくれればもっと発行部数が増えたのになんて思っている編集長もいそうである。

沢尻エリカは演技派女優と言われていた。演技派?この言葉自体おかしな言葉である。

この反対が存在するからこそ、演技派なんて言葉が使われる、そう思うのである。

芸能界ではルックスだけで演技も出来ないような女優は結構いるものだ。

名前をあげるときりがないので言わないが、新人のアイドルがドラマに出演している時なんて、演技一筋に生きてきた、女優からしてみたら

腸が煮えくり返る思いである事だろう。だからこそ演技派と言う言葉が頻繁に使われるのである。

ある意味褒め言葉であろうか?演技が出来る女優ですねって…

         演技とは狂いまくる事である

「ザオーディション 本」の画像検索結果

ザ・オーディションと言う本がある。今までオーディションを何度も見てきた

ブロードウェイのプロデューサーであるマイケルショトレフが書いた本であるのだ。

マイケルは本の中で演技とは狂う事と断言しているのである。

審査員の前で役者は狂う事と言っているのである。もしかしたら

それが演技と言う物の本質なのかもしれない。人が演技をするときはどんな時だろうか?

母親の優しさが欲しいからと平気で嘘泣きをする子供。彼女からお金を巻き上げるために平気で嘘をつく紐…

老人や簡単に騙されそうな人間からお金を巻き上げる事ばかり考える詐欺師等…

大体人が演技をするときは手段を択ばずに、目的のものを得ようとするときではないだろうか?

いやそんな事はない、演技とはもっときれいなもので、人を笑顔にするために

自分が笑顔でいる事も演技だろう?と言う人もいるかもしれない。

そうそれも演技である。しかしそれは技術テクニックであって本当の感情ではないのである。

実力のある役者はその役が発する感情を瞬時に表現する事が出来る。泣く、笑う、わめく、怒る、睨む、冷静にする等々実に多彩である。

          ドラッグに溺れるハリウッド俳優

ハリウッド俳優でドラッグに溺れてしまうような俳優は実に多いような感が否めない。

その中でも実に有名な人物はホームアローンのマコーレカルキンではないだろうか?彼はホームアローンで成功した後、家族が崩壊し自分自身も結婚したが

その後救いようのないくらいドラッグに溺れてしまうのである。

彼は小さい時にブレイクしたために自分の演技の壁を超える事が出来なかったのではないだろうか?と言うのが私の見方である。

余りに若い頃に自分のベストを出してしまったためそれを超える事が出来ない。

しかし周りの世間は昔以上の物を求めてくるのが現実であるのでそのプレッシャーに耐える事が出来ないためドラッグに頼ってしまったのである。

憐れとしか言いようがないかもしれない・・・

           沢尻エリカとは?

さて本題に戻るが沢尻エリカとは何だったのだろうか?と言う結論である。

沢尻エリカは日本のバブル絶頂の始まりに生まれた女性である。

その親の世代はバブルの時に20代30代になっている世代である。

1986年頃の日本と言うとやっと不動産バブルが始まり始め日本の地価は上がり日本全体が浮かれ始めた時である。

それから6年後の1992年にバブルが崩壊したのであるが。彼女はそんな大人の醜部分も小さいながらに見てきたに違い無いのである。

親の世代が戦争を知らない世代の為、子供には苦労を掛けたくはないと過保護に接してしまいだしたのも80年代に生まれた子供たちが一番最初ではないだろうか?

そうゆとり世代の陰の部分それが私の結論である。

人には個性があって良い、自己主張をしてもよい、自由があっても良い。

その事の重要性が問われたために規律ある生活と言う物をおざなりにされた世代ではなかったか?

悲しい話だが私もそこまで彼女と年齢が離れているわけでは無いのである。

彼女を見て反面教師にして生きていくしかないそれがこれから生きて良く私たちに出来る事ではないだろうか?

そして彼女の様な人間を今後作らないためにも少しでも規律ある生活を送りたいものである。

「沢尻エリカ ヘルタースケルター」の画像検索結果
沢尻エリカ

1986年04月08日 生まれ
映画『パッチギ!』やドラマ「1リットルの涙」などのヒット作に主演した女優。ドラマ「タイヨウのうた」では役名のKaoru Amane名義で同名主題歌も歌い、オリコン1位に。映画『クローズド・ノート』の舞台挨拶での不機嫌そうな「別に」発言で物議を醸した。

ようやく卑弥呼の時代がやって来たのかもしれない…女性が世界を牛耳る時。指原~愛を感じて

かつての日本には卑弥呼と言う女帝が邪馬台国を率いていたと言う。

何処にあったかは、いまだに論争の的になっているが、そう考えるととてもすごい事ではないだろうか?

世界の権力者を見ても、ほぼ全てが男性が牛耳る社会である。

その中において、歴史が真実であるならば、卑弥呼はエリザベス女王が

イギリスを支配したよりも、1000年以上も前に邪馬台国を

統治していた事になるのだ。これはとてつもない事だとは思わないか?

魏志倭人伝によると卑弥呼は邪馬台国に居住し鬼道で人々を惑わしたと言う、鬼道の意味には諸説あり正確な内容は不明だが、

魏志倭人伝で「輒灼骨而卜、以占吉凶」(骨を焼き、割れ目を見て吉凶を占う)とあるように卜をよく行う巫女シャーマンであった可能性が高い、黎明期の中華道教の事を鬼道として例もある。

西洋でもし描かれるとすれば魔女の様な存在として描かれてしまうのかもしれない。

科学技術が現代程発達してはいない古代の日本においては、

卑弥呼の鬼道はとても神秘的で信憑性のあるものの様に見えたのかもしれない。

まるで、古代ギリシアにおける、ピタゴラスの様でもある。

何も知らない人々にとっては理屈以上の不思議な現象は脳が処理しきれない状態になってしまい、信望するしかなくなってしまったのであろう。

ある意味宗教的ともいえる、現代の新興宗教に占める女性信者の割合を見てもわかるように、もしかしたら、男性よりも女性のほうが信心深く、

神秘の力で人を導く力が本来備わっているのかもしれない。

           現代で言うアイドルとも言える

古代日本で素選挙が行われたなんて絶対に考えたくはないが、卑弥呼も万人の中から選ばれた可能性が否めないのである。

もしあなたが、明日から、隣に住む少女がいきなり、国の女王になりますよなんて言われて納得がいくであろうか?

AKB,SKE,欅坂、モーニング娘なんて沢山のアイドルがいるが、芸能界でトップに立つにはそれは大変な修行と、ふるい落としがあるのである。

「指原莉乃」の画像検索結果
指原莉乃

時には人から馬鹿にされ、バッシングされ、監督、プロデューサーから罵倒され

ようやく、オーディエンスから認められてトップに立つのである。

今では、トップに立っている、指原莉乃でさえ、スキャンダル後は散々であったし、一般の人からは美人なんてほとんど言われていなかった記憶が私にはある。

しかしそれでもトップに立てたのは、彼女の努力と、彼女を応援したいと言う

サポーターたちの力がとても多いのである。

卑弥呼にも同じような人々がいたはずである。彼女もまた万人を魅了する魅力をもっていた人間であるに違い無い。

だからこそ、今日まで名前が残るような存在になり得たし、隣の中国の歴史書に登場するまでの存在であったのだと思うのである。

アメリカのアニメーション映画に登場するライオンはオスが王様になるまでの話である。

日本の天皇制も男性がほぼずっと系譜を占めている。

かつて日本には女性が、国を治めていた時代があった。

天皇制は今のまま男性の系譜でも正直構わないと思う。しかし、もっともっと女性が人の上に立ち社会を活性かして言ってもよいのではないだろうか?

きっとこれから素晴らしい時代になる事であろう。

can you feel love tonight 愛を感じて

「卑弥呼」の画像検索結果

卑弥呼

一度は見て欲しいミナミの帝王~日本の夜と欲望の街~ミナミの鬼と令和

ミナミの帝王と言う漫画を読んだ事はあるだろうか?

萬田銀次郎と言う高利貸しの日常を描いたドラマである。

この手の話は、ナニワ金融道であるとか、ウシジマ君であるとか様々であるが

ウシジマ君程暗くは無く、ナニワ金融道程荒くはないと言う表現が適切だろうか?

最近ではコンビニに置かれる事があるのでその表紙位は見た事があるのかもしれません。

十日で一割の利息を取る鬼の様な金貸しの萬田銀次郎は、お金に対して

とてつもない執着を見せて、どんな手段をとっても

債務者からます。時にはたった一万円の為にそれよりも

交通費がかかるであろう地方まで、逃げる債権者を追い立てまわすのです。

何故か?萬田は自分の金貸しとしての顔をつぶされる事を異常に嫌うからであります。

萬田銀次郎と言う男はやくざからも恐れられるような人間でもあります。

債務者がたとえやくざだとしても政治家でも貧乏人でも、芸能人でも萬田には一切関係の無い事なのであります。

時には漫才の舞台中でも借金の取り立てをすることもあるくらいです。

             父親の自殺、地獄から這い上がる鬼

彼が人々から鬼と言われるのは彼の生い立ちに関係しているかもしれません。

彼の父親は事業の失敗により自殺してしまうのです。

ドラマ版漫画版では初期設定が少し違うのですが、父親が死んでしまうと言う所は同じです。

併せて母親も不幸のうちに亡くなってしまい天涯孤独な萬田は

金貸しの世界に可能性を見出して、裏社会で生きる事を決意するのです。

彼はお金を返さない人間、お金を大切に扱わない人間に足しては非常に攻撃的になります。

自分の弟子が萬田の金で失敗したときなんて暴力をふるってまで怒り狂ったほどです。

「萬田銀次郎 漫画」の画像検索結果

竹内力が演じる萬田はそこまで暴力的な人間には描かれてはいません。

どちらかと言うと、初期はスタイリッシュにオシャレに描かれております。

後半に行くにしたがって、竹内が太って、口数が減っていくのが気にはなりますが。

非常に好演しているのではないでしょうか?漫画版の萬田を見てみると

外見だけで言うと、哀川翔の方が適任だったのでは?

なんて思う事もありますが、少し時代劇の様な勧善懲悪のvシネマと言う事を考えると

ドスの聞いた声とオシャレなスーツを着こなしている竹内の方がよりリアリティーを感じるのであります。

           残念ながら違法なんです。銀次郎さん

萬田は金貸しだが金貸し自体は銀行もやっている事なんで、それ自体は

違法ではないかもしれない。

しかし現行の法律では闇金は違法と言う事になる。

本来であれば萬田は出資法違反で逮捕されてもおかしくはないのである。

ドラマや漫画の中では逮捕されても何度も釈放されたりなんて事もあるが

現代はそんな事は決してないのである。

ミナミの帝王は残念だがファンタジーだ。

日本の警察を舐めたらいけない。現実はそう甘くはないのである。

何十年も逃亡をしていた福田和子が逮捕されるのである。

日本の警察は非常に優秀ので萬田も現代であれば、もうとっくに

塀の中か金貸しを廃業していてもおかしくないのである。

それでは私たちはこのドラマを見るにあたってどう見ていくのが良いのか?

と言う事である。

何年か前、萬田銀次郎に憧れていた会社社長が脱税の疑いで逮捕されてしまった。

そう現実として萬田に憧れて彼のように生きてみても何にもいい事は無いである。

何故なら違法だからである。

出来るならば萬田銀次郎に対しても、債務者に対しても反面教師だと思ってこの物語を見る方が良いと思うのである。

ああ楽しい彼の様に生きてみたいなんて思って生きてみても、そこには想像もつかない位大変な現実が待っているからである。

沢木の親分は面白可笑しく漫画の中で描かれているが本物はそんな事が無いであろう。あくまでデフォルメされた記号である。

物語としては面白い、しかし現実ではあってはならないこの感覚をもって見て欲しいのである。

その為にこの物語はあるのかもしれない。時代は令和である。

この物語は昭和から平成にかけておおいに人気があった。

そして

萬田銀次郎の末路は描かれてはいない、もしかしたら現実には殺されてしまうかもしれない。

逮捕されて廃業してしまうかもしれない。

違法は違法、法律にそった生き方の方が結局良いのかもしれない。

「ミナミの帝王」の画像検索結果

難波金融伝・ミナミの帝王

難波金融伝・ミナミの帝王』(なんばきんゆうでん(なにわきんゆうでん)・ミナミのていおう)は、原作:天王寺大、週刊漫画ゴラク、(ミナミの帝王)「ミナ帝

これを原作とする竹内力、ケイエスエスOVーズおよび劇場映画千原ジュニア主演テレビドラマシリーズ及び映画作品である。

王立宇宙軍…オネアミスの翼~一回は見といて欲しいアニメ界の至宝⁉クズも目覚めりゃ半端ねえ

オネアミスの翼と言うアニメを知っているだろうか?

エバンゲリオンが好きな人は結構このアニメについて知っている人もいると思う。

私がこのアニメにあったのは偶然なのか必然なのかいまとなってはわからないが、

このアニメに突き動かされて行動をとった事もあるので、やはり私の人生に多大な影響力を及ぼしたのは確かである。

なんせこのアニメが無かったら私は自衛隊に入隊なんて事はしていなかっただろうな、なんて思うのであるからだ。

             シロツグと言うアニメ界で指折りのダメンズ

1950年代の地球に似ている「もうひとつの地球」にある「オネアミス王国」、正式国名「オネ・アマノ・ジケイン・ミナダン王国連邦」が舞台となる。

どこかしら、ソビエト連邦を思わせる部分があったり、たまにイギリスを思わせたりするが、通貨を見るとオリジナル世界なんだなあと痛感させられる。

「失敗ばかり」「なにもしない軍隊」と揶揄され、世間にオネアミス王国の落第軍隊として見下されている王立宇宙軍。宇宙軍士官のシロツグ・ラーダットはかつては水軍のジェット戦闘機乗りにあこがれていたが、仕方なく入った宇宙軍で張り合いのない日々を送っていた。

シロツグは普段は本当にぼーっとしている現代でもよくいそうなタイプである。

なんのとりえもなく、週末になると仲間と飲みに行くだけが楽しみな男であるのだ。軍人とは名ばかりのそんな生活を送っている。

私は彼の存在をしった時になんてヒーロー性のない主人公なんだろうと、

びっくりしてしまった事を覚えている。

銀河英雄伝説のヤンウェンリーよりももっとやる気の無さが伝わってくるのだから。なんだかナマケモノを動物園で初めてみた時の衝撃にちかい。

「ヤンウェンリー」の画像検索結果
ヤンウェンリー


ヤンウェンリーには魔術師的な戦略センスと技術があるがシロツグには本当に当初は良さがまったく伝わらない所が本当にすごいと思う。

そんなアニメ見ていて本当に面白いのか?

そう、見ていて面白くなるのは話の中盤からなのである。

歓楽街の路上でビラを配って布教活動を行っている リイクニと言う

女性に運命的な出会いをするのである。

坂本龍馬におけるおりょうとの出会いみたいなものと言えるだろうか?

正直そんなにドラマチックではない。

しかしシロツグはリイクニとの出会いから、少しづつ自分の本当にやるべき事、昔の夢の情熱を取り戻していくのである。

そう史上初のロケットパイロットに立候補してしまうのである。

少し前まで本当にダメンズであった人間が、ある女性との出会いで

目覚めてしまい、成長していく姿は私は何度も目の当たりにしてきた。

私も、異性との出会いで何度も自分が磨かれる経験をして来たのでシロツグの気持ちはよくわかるのだ。

女性も、好きな男が出来れば、より美しくなるために努力して

昨日まで化粧すらしなかった堅物の女子が急にギャルに変身してしまうなんて事はよくある事なのである。

          自分は変えられる

このアニメを見て一番思うのは、努力すれば自分は変えられると言う事である。

こんな事、語りつくされている感があるかもしれないが非常に重要な事なので

是非、アニメを見て体感して欲しい。

人は自分の小さな殻や他人からレッテルにより、なりたい自分をあきらめる事が多々ある。

しかし、人がなんと言おうと自分が自分を変えたいと思えば自分自身を変え成長させる事が出来るのである。

このアニメを作った、岡田斗司夫さんは昨今ではオタキングなんて言われて

ネット界でも有名な人である。

「岡田斗司夫」の画像検索結果
岡田斗司夫






岡田斗司夫さん自身も、自分を変えようとレコーディングダイエットをされていた事があった。

自らの体重を、50キロも落として自ら変身して見せたのである。

その後はリバウンドしてしまったが。私は彼のそういう姿勢はプラスのチャレンジ精神としてとても良い印象をもってしまった。

何もやらないより、自分を変え成長させる努力をする方が、人の心を動かすのである。

今は太ってしまったが岡田斗司夫さんとってもとても良い経験になったに違い無いのである。

まるでソ連のガガーリンの様にロケットで飛び立ったシロツグは

こう語り出すのである。

地上でこの放送を聴いている人いますか。わたくしは人類初の宇宙飛行士です。たった今、人間は初めて星の世界へ足を踏み入れました。海や山がそうであったように嘗て神に領域だったこの空間もこれからは人間の活動の舞台としていつでも来れる下らない場所となるでしょう。地上を汚し、空を汚し、更に新しい土地を求めて宇宙へ出て行く。人類の領域はどこまで広がる事が許されているのでしょうか。どうか、この放送を聴いている人、お願いです、どのような方法でも構いません、人間がここへ到達した事に感謝の祈りを捧げて下さい。どうかお許しと哀れみを。我々の進む先に暗闇を置かないで下さい。罪深い歴史のその果てに、揺るぎない一つの星を与えておいて下さい。

このセリフの重要な点は彼の思想がリイクニによって変化していった事である。

人は大切な人間が出来た時のその人の考え方を理解しようと必死になる。

シロツグもリイクニを理解しようと必死になって自分を高めたのである。

それは二人の関係において正しいのか間違いなのかは別にして

一つの人生の通過点と考えれば非常に重要な意味を持つのである。

終盤になってもシロツグとリイクニが結ばれるなんて事は描かれない

しかし彼にとってロケットパイロットを目指したことは良い経験になり

その後の人生においても自身に繋がる事が間違いない。

もしあなたが、今自分の殻に閉じこもっていると感じているのであれば

王立宇宙軍を見る事をお勧めする。

きっと、得られるものがあるはずである。

人類は通常の飛行運転の延長で月に到達できたわけでは無い、明確に月を目指す努力をしたから月に到達したのである…

「オネアミスの」の画像検索結果



王立宇宙軍 オネアミスの翼』(おうりつうちゅうぐん オネアミスのつばさ)は、ガイナックス制作のSFアニメ映画。1987年(昭和62年)3月14日に劇場公開された。

架空の惑星にあるオネアミス王国を舞台として、王立宇宙軍の士官シロツグが史上初の宇宙飛行士に志願し、仲間とともにロケット打ち上げを目指すという作品。

刑事コロンボちゃんと見た事ありますか?とぼけた雰囲気で隠す名推理

刑事コロンボはある一定以上の年齢の方であれば、金曜ロードショーで何回か見た事もある方はいるかもしれない。

推理小説や刑事ものでは当時では珍しく、最初から犯人が被害者を殺害するトリックを見せてその後に、コロンボに推理させて犯人をついには

追い詰めるという手法をとっているドラマである。

金曜ロードショーで日本では放映されていたが本場アメリカではコロンボは基本は映画では無く、火曜サスペンス劇場の様な扱いの

ドラマだったと言うのである。その事をはじめて聞いた時は正直びっくりしてしまった。

なんせ初期の監督陣の中にはあの有名なスティーブンスピルバーグも

名を連ねていたし、そのドラマとしてのストーリーと、クオリティーに何よりもびっくりさせられる。今見ても、映像は古いかもしれないが

そのストーリー性は今の時代でも十分通用するのだ。

何より、マンネリ感が良い。高度経済成長期にお年寄りが何故水戸黄門を

毎回楽しみに見たかと言うと、毎回同じ時間帯になると必ず、すけさん、かくさん、が紋所の入った印籠をかざして悪党をひれ伏すからである。

コロンボもまた同じ位の時間になると、きまって犯人を追い詰め最後には、

犯人を落としてしまうのである。そこがとても快感である。

「コロンボ 車 プジョー」の画像検索結果
コロンボと愛車プジョー

コロンボのトレードマークと言えば、

① 葉巻

②ヨレヨレのレインコート

③ボロボロのプジョーの車

以上三点と言う事になるだろうか?

三番目に関してはむしろ乗らない方がいいのでないかと思う位ボロボロである

そんな事を言ってしまうと夏なのに?なんでレインコートを着ているのだろうと

何回疑問に思った事だろう。雨も降ってもいないのに

まるで見た目は変なまさに変なおじさんなのである。

のらりくらりと動くさまはまるで動物園のゴリラを見ているような感覚に陥ってしまうのである。

まわりのギャラリーなんて考えない、あくまで犯人逮捕、事件解決の事しか考えない所が見ている物に不思議な安心感を与えてしまうので和えう。

演じるピーターフォーク自身ももしかしたら、演技をしていないで素の自分を皿家だしていた部分もあったのかもしれない。

          犯人は決まってコロンボを馬鹿にする

面白い事に犯人は決まってコロンボの事を下に見て、馬鹿にしたような態度をとるのである。

このドラマの特性上、主に犯人になる人間はセレブな人間が多いと言う所も大きいが決まってコロンボに斜め上から

妙なアドバイスをしたりするのである。

そう、そんな時人間は一番本音をさらけ出しやすいのである。

経験した事は無いだろうか?飲み会の席などでお酒が入って、人に対して

気が大きくなってしまいいらない一言を言ってしまい。

後できまずくなってしまい。その後に言った相手に足元をすくわれてしまった事を。まさしくそのような感じなのである。

そこがコロンボの魅力部分である。

前半にコロンボをとことんまで馬鹿にしていた犯人は、その後コロンボに

とことんまで追い詰められていくのである。

やはり、馬鹿にされている方が強いのかもしれない。

コロンボの登場後影響を与えたドラマは数多いその中でも有名なものは日本における古畑任三郎ではないだろうか7?

古畑任三郎なんて最初の部分なんてコロンボそのままなのである。

格好についてはコロンボの正反対でスタイリッシュにブランド物を着こなしている。それもコロンボの影響があっての事であろう。

昨今では見た目をあまりに気にし過ぎている風潮があまりに大きいと思う、

芸能人やモデルや営業マンであれば見た目が非常に大切だなんて思ってしまうかもしれない。

しかし現実は、名俳優の中にはそこまでイケメンで無い者がほとんどである。

ピーターフォークが証明しているではないか?

敏腕営業マンの中にも、そこまでイケメンでなく単なるおじさんにしか見えないがとてつもない数字を叩きだしている人もいるのが現実である。

もし自分の評価を非常に気にしてしまうような人がいるのであれば、若い人でもどの世代の方でも一度、刑事コロンボを何作品か見直す事をお勧めします。

きっと気持ちが楽になり明日の自分へのヒントが隠されているに違い無いからです。

そして見たあとこの言葉をあななたは口にしているはずである

今の見たね?

 

 

「コロンボ」の画像検索結果

          刑事コロンボピーターフォーク)

刑事コロンボ』(けいじコロンボ、原題:Columbo)は、アメリカで制作・放映された、ロサンゼルス警察殺人課の警察官コロンボを主人公としたサスペンス、テレビ映画である。全69話。音声吹き替え版で日本でも放送。民放テレビでは2時間枠の放送となる。

独特のテンポで進むストーリーで、知的で社会的地位も高い犯人が完全犯罪を目論むも、一見愚鈍で無害そうなコロンボにアリバイを突き崩され、自ら破滅の道を転落する必罰的展開ながら、コロンボと犯人との駆引き、静かにそして確実に追い詰められて行く犯人の内面の葛藤・焦りといった感情描写や、コロンボのユーモラスな台詞回しなど、そのいずれもが味わいのある1話完結の人間ドラマとなっている。脚本家も監督もメインと呼べるほど多数を担当をした者はおらず、基本設定を厳守した中で各自の個性を発揮する競作となっていることもあって、設定を深追いしていくようなキャラクター・ドラマの方向へは進まなかった。レギュラーはあくまでコロンボ一人だけであり、その性格や設定も第1話と最終話で大きく変化はしていない。

大島彰さんをしってますか?全盲のエレクトーン奏者~やれば出来る、絶対出来る、できないのは自分にやる気がないから

大島彰さんと言う方をあなたは知っているであろうか?

かれと私の最初の出会いは小学生の頃であった。

彰ごろになると文化祭シーズンになるがその頃になると、小学校に劇団や音楽家が招かれる事がよくあったのである。

そのなかの一人が大島彰さんである彼は小学生のころから、

友達と、かくれんぼや鬼ごっこができなくて悔しかった子供の頃、家にあったおじいさんのオルガンで遊びながら、音楽の先生になろうと決めたようである。

決めたとは簡単に言っているがそう簡単に出来る事ではないのである。

私も音楽経験があり多少なりとも、楽器を弾くことはできるが、

目が見えない状態からスタートするなんて気が遠くなるほどの努力が必要になってくるのである。

あのベートーベンも最初は耳が聞こえていた。その後耳が聞こえなくなりる不幸が起きたが。最初からなんて大変な事である。

まるでヘレンケラーの様そんな感じだろうか?

そうまさしく日本のヘレンケラーと言っても間違いはないだろう。

「ベートーベン」の画像検索結果
ベートーベン

それはもう普通の人には想像もつかないような障害といじめにあったと想像がつくのである。

彼の演奏を聞いた時鳥肌がったのを非常に覚えているのである。

二度ほど彼のコンサートを見た事があるが、もしかしたら多少なりとも私にも

影響を及ぼしているかもしれない。

何故か?

それは彼が発したこんな言葉が衝撃的で素敵だからである。

やればできる絶対出来る、できないのは自分にやる気がないだけ。今からやります

絶対と言う言葉はあまり好きな言葉ではないが最後の部分

出来ないのは自分にやる気がないだけは非常に刺さった。

それからの私も彼の様に一時は音楽の道を目指したこともある。

自分で作曲したり作詞をしたりもしていた。

それ以外でもどんな仕事でも、自分が出来ない事でもどうやったら出来るのか考える事が多くなった。

残念ながら、音楽の道では大成はしなかったが、

自分の情熱を仕事に捧げる事が出来ている、まさしくやれば出来るである。

もしあなたがこの世に天才がいて才能がすべてと思っている方がいるのであれば

大島彰さんについて調べ、できれば演奏を聴いていただきたい。

「大島彰 」の画像検索結果

大島彰

全盲のエレクトーン奏者

直視せよ、運をつかみ幸せになりたいのであれば嫌われ松子の一生を見よ

嫌われ松子の一生と言う物語を知っているだろうか?

もうかれこれ15年以上前の作品になるであろうか?

中谷美紀主演で映画になったもの、内山理名のドラマ版どちらでも良いが

パッケージの明るさとは裏腹にその暗さたるや正直見るに堪えない気持ちになってしまう。

こんな気持ちは正直、(蛍の墓)をはじめて見た時と同等それ以上に

後味の悪い記憶が今でも残っている。

マツコデラックスなんて一番この作品を見たときに自分自身を映画化されたなんて思った位衝撃を受けたに違いない。

            嫌われ松子の一生とは?

修学旅行中に教え子が起こした現金盗難事件を収めるためにその場しのぎの対応をとったため教師の職をクビになり、家族とのいざこざから家を飛び出したことから転落して行く、川尻松子の悲劇の人生を描いた物語である。

私がこの物語を見たのは夜中だったのを覚えている、夜中の2時ころに見たのでとてつもない記憶に残っているのである。

松子は孤独になりたくないがために男に依存して生活するようになってしまうのである。

その行動規範は目の前にいる男が駄目んずであってもその男にとことん尽くして裏切られていくと言う事の繰り返しである。

男たちは松子の優しさをつくづく利用だけしていくのである。

そんな中出会った武田真治演じる紐男に騙されたことに腹を立て、彼を殺害してしまった事により、ついに彼女は這い上がれない程、底辺に落とされてしまうのである。

それでも彼女は生きる事をあきらめなかったが最後は河川敷で少年たちに

リンチされ殺されてしまうのである。

             飯島愛と嫌われ松子

私はその頃、東京の渋谷で生活し、職場も渋谷のど真ん中にあった、その頃のニュースで印象的だったのは酒井法子が覚せい剤で逮捕された事ともう一つ、

飯島愛がマンションの一室で孤独死していた事である。

「 飯島愛」の画像検索結果
飯島愛

この二つの事件は私が勤務していたお店の本当に近所だったので

当時は背筋が凍る程の衝撃であった。

中でも飯島愛が無くなった時は妙に嫌われ松子の一生の事を

思いだしてしまった事を記憶している。何故か?

飯島愛の本名は松恵であり、元AV女優である事

松子も元ソープ嬢であり友人はAV制作会社社長である。

飯島愛は学生時代は成績優秀にも関わらず、祖父の死をきっかけに精神のバランスを失い裏の世界に入ってしまう。

妙な共通点があってとても記憶に残っていたのだ。

二人に共通していたのはやはり、その瞬間一人の対象にとてつも無く依存してしまう事であろう。

愛を乞う人の様である。あの映画もまた凄かったが今回は深くは語りはしない。

飯島愛は祖父に。松子は最終的にアイドルの内海に依存していくのである。

数か月前に歌舞伎町で松子の様に付き合っていた男を殺してしまったガールズバーの女子がいたが彼女もまた同じであろう。

少し前にアドラーの本をもじって嫌われる勇気と言う本が流行ったがやはりその内容は一理あるなとつくづく思わせられてしまう。

人に好かれる事は悪い事ではないが人に好かれようとするとやはり自分自身を見失ってしまう原因になってしまうのだろう。

            お客様の立場になって考えるのは?

大切なのはお客様は神様ではないと認めつつもお客さんの心理をよく読む事であろう。

自分と同じ人間であると認めた上で、相手が喜ぶ事をする事が大切なのであろう。

もしその要求が自分のキャパオーバーになっているのであれば無理にそれに付き合う必要はないと言う事である。

例)①お客様が90%の値下げを要求して来た場合↓

そんな事にいちいち付き合う必要はない。そんな事をしては売上が立たなくなる

②お客様がクレームの代償に金品を遠回しに要求してきたら↓

その中間の解決策を見つけるべきである。全部払うなんて最悪である。

嫌われ松子の一生の反対の物語は

ワンピースであったりドラゴンボールなんて事になるかもしれない。どちらの主人公も自分の興味の赴くままに行動している。ある意味子供である。

嫌われ松子は確かに不幸になり、孤独のうちに死んでしまったかもしれない。

しかし、映画とは言え彼女から受け取れる教訓は計り知れないのである。

是非この機会に一度見直していただきたいものである。

あなたの運と幸せの為に…。

「嫌われ松子の一生 河川敷」の画像検索結果

飯島 愛

(いいじま あい、1972年10月31日- 2008年12月17日〈死亡推定日〉)は、日本の元AV女優、タレントである。本名:大久保 松恵(おおくぼ まつえ)。株式会社Thesis元代表取締役。東京都江東区出身。瀧野川女子学園高等学校中退。元ワタナベエンターテインメント所属。

シェイクスピア ヴェニスの商人…はき違えるな、ユダヤ人とお金儲けを悪として描いているわけでは無い⁉

シェイクスピアのヴェニスの商人と言う物語を知っているだろうか?

名前位なら聞いた事があるがそのストーリーと言うとそんなに知っている人はいないのではないだろうか?

シェイクスピアはイギリスを代表する劇作家である。

大学も出ていない彼はその才能を創作活動の中に見出して成功を収めることになります。

「シェイクスピア」の画像検索結果

さてこのヴェニスの商人のお話のあらすじはと言うと、

シャイロックと言うユダヤ人商人を中心にして物語が語られていくのであります。

現代では藤田田さんの影響もあってユダヤの商法は日本では認知がされている。世界を見てもユダヤ人の億万長者は非常に多いのである。

金融系を中心に世界のマネーを牛耳っているのはユダヤ教を宗教にもつユダヤ人であるといわれている。

             肉1ポンドを抵当に

舞台はイタリアのヴェニス(ヴェネチア)。バサーニオは富豪の娘の相続人ポーシャと結婚するために先立つものが欲しい。

そこで、友人のアントーニオから金を借りようとするが、アントーニオの財産は航海中の商船にあり、金を貸すことができない。

アントーニオは悪名高い高利貸しのシャイロックに金を借りに行く。アントーニオは金を借りるために、指定された日付までにシャイロックに借りた金を返すことが出来なければ、シャイロックに彼の肉1ポンドを与えなければいけないという条件に合意する。…

アントーニオの船は帰る事が無く、シャイロックにお金を返済する事が出来なくなってしまったのである。

シャイロックは執拗にアントーニオから約束の肉1ポンドを渡す様にせまるのであるそこから、裁判まで発展していくのである。

しかしシャイロックは裁判長(主人公の友達の恋人が変身した)にふとした事をつっこまれてしまう。

肉は切り取ってもいいが、血を一滴でも流せば全財産を没収するといわれてしまうのである。

血を切り取るのに血を流さないなんて考えられない、よってシャイロックは

裁判に負けてしまうのである。

アントーニオの慈悲により、シャイロックがキリスト教徒に改宗する事により、全財産の没収と、死刑は免れる。シャイロックの娘にも財産の半分を分け与えられるこことなったのである。

             反ユダヤ主義物語では無い

表面的な事を読んでしまうと、どうしてもこの物語は反ユダヤに傾いてしまいそうな物語である。

しかしであるこの物語はそんなみみっちい事を言いたいがために作られたものではないと思うのである。

確かにユダヤ人の中にはシャイロックの様な金貸しは存在したのかもしれない。

でもその金貸しによって救われた人々もいたのは確かだと思う。

この物語の一番言いたい所は、反ユダヤでは無く、

①キリスト教の懐の大きさを出来るだけアピールしたかった事

②どんな金持ちでも人の命を奪う事は許されないと言う事

③富を愛する人に分け与える事の大切さ

以上大きく分けてこの三点を言いたかったのでないだろうかと思うのである。

本当に反ユダヤの物語であったならば、シャイロックはもっと酷い目にあって死刑になっていただろうし、財産も没収していたはずである。

ここはとてつも無く大事な事である、ここをはき違えてしまうと、

ヒトラー率いるナチスの様に、ユダヤ人を糾弾するような思想の入り口に立ってしまうのである。

「代表的ユダヤ人」の画像検索結果

ユダヤ人も人であり、キリスト教徒も人である、それを伝えたかったのではないだろうか?

           ユダヤ人も人である

その証拠にユダヤ人であるシャイロックをキリスト教徒に改宗させようとしているではないか?

人扱いしてこそこの対応が出来るのではないかと思うのである。

言い換えて言うのであればユダヤ人もキリスト教徒になれると言う事。

同じ人間なんだよと。

日本人だって昔はイエローモンキーなんて言われ、欧米の人間から

忌み嫌われた事があった、最近になってやっと、人扱いしてもらえて来た感じがするそれはどうしてだろうか?

我々日本人が海外の人々に対しておもてなしの気持ちをもって真摯な心で接しているからに他ならない。

日本に海外から入国してくる人が非常に多くなって来た。

しかし今2000年代に入ってそこまで外国人の人々を差別したり軽蔑したりする事は少なくなった。

そうあり続けるためにもこの本を一読して欲しい、アントーニオやその周りの人々の大きな心を感じて欲しいのである。

「ヴェニスの商人 本」の画像検索結果

ヴェニスの商人

ヴェニスの商人』(ヴェニスのしょうにん、The Merchant of Venice)は、ウィリアムシェイクスピアの喜劇、戯曲である。1594から1597の間に書かれたとされている。『ベニスの商人』と記される。「人肉抵當裁判」として紹介されたこともある。

タイトルの『ヴェニスの商人』とは有名なユダヤ人の金貸しシャイロックを指すのではなく、商人アントーニオのことである。英語のmerchantというのは小売商のような「商人」ではなく、むしろ「貿易商」を意味する。貿易で栄えたヴェニスが舞台になっているのはそのためである