王立宇宙軍…オネアミスの翼~一回は見といて欲しいアニメ界の至宝⁉クズも目覚めりゃ半端ねえ

オネアミスの翼と言うアニメを知っているだろうか?

エバンゲリオンが好きな人は結構このアニメについて知っている人もいると思う。

私がこのアニメにあったのは偶然なのか必然なのかいまとなってはわからないが、

このアニメに突き動かされて行動をとった事もあるので、やはり私の人生に多大な影響力を及ぼしたのは確かである。

なんせこのアニメが無かったら私は自衛隊に入隊なんて事はしていなかっただろうな、なんて思うのであるからだ。

             シロツグと言うアニメ界で指折りのダメンズ

1950年代の地球に似ている「もうひとつの地球」にある「オネアミス王国」、正式国名「オネ・アマノ・ジケイン・ミナダン王国連邦」が舞台となる。

どこかしら、ソビエト連邦を思わせる部分があったり、たまにイギリスを思わせたりするが、通貨を見るとオリジナル世界なんだなあと痛感させられる。

「失敗ばかり」「なにもしない軍隊」と揶揄され、世間にオネアミス王国の落第軍隊として見下されている王立宇宙軍。宇宙軍士官のシロツグ・ラーダットはかつては水軍のジェット戦闘機乗りにあこがれていたが、仕方なく入った宇宙軍で張り合いのない日々を送っていた。

シロツグは普段は本当にぼーっとしている現代でもよくいそうなタイプである。

なんのとりえもなく、週末になると仲間と飲みに行くだけが楽しみな男であるのだ。軍人とは名ばかりのそんな生活を送っている。

私は彼の存在をしった時になんてヒーロー性のない主人公なんだろうと、

びっくりしてしまった事を覚えている。

銀河英雄時代のヤンウェンリーよりももっとやる気の無さが伝わってくるのだから。なんだかナマケモノを動物園で初めてみた時の衝撃にちかい。

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ヤンウェンリー


ヤンウェンリーには魔術師的な戦略センスと技術があるがシロツグには本当に当初は良さがまったく伝わらない所が本当にすごいと思う。

そんなアニメ見ていて本当に面白いのか?

そう、見ていて面白くなるのは話の中盤からなのである。

歓楽街の路上でビラを配って布教活動を行っている リイクニと言う

女性に運命的な出会いをするのである。

坂本龍馬におけるおりょうとの出会いみたいなものと言えるだろうか?

正直そんなにドラマチックではない。

しかしシロツグはリイクニとの出会いから、少しづつ自分の本当にやるべき事、昔の夢の情熱を取り戻していくのである。

そう史上初のロケットパイロットに立候補してしまうのである。

少し前まで本当にダメンズであった人間が、ある女性との出会いで

目覚めてしまい、成長していく姿は私は何度も目の当たりにしてきた。

私も、異性との出会いで何度も自分が磨かれる経験をして来たのでシロツグの気持ちはよくわかるのだ。

女性も、好きな男が出来れば、より美しくなるために努力して

昨日まで化粧すらしなかった堅物の女子が急にギャルに変身してしまうなんて事はよくある事なのである。

          自分は変えられる

このアニメを見て一番思うのは、努力すれば自分は変えられると言う事である。

こんな事、語りつくされている感があるかもしれないが非常に重要な事なので

是非、アニメを見て体感して欲しい。

人は自分の小さな殻や他人からレッテルにより、なりたい自分をあきらめる事が多々ある。

しかし、人がなんと言おうと自分が自分を変えたいと思えば自分自身を変え成長させる事が出来るのである。

このアニメを作った、岡田斗司夫さんは昨今ではオタキングなんて言われて

ネット界でも有名な人である。

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岡田斗司夫






岡田斗司夫さん自身も、自分を変えようとレコーディングダイエットをされていた事があった。

自らの体重を、50キロも落として自ら変身して見せたのである。

その後はリバウンドしてしまったが。私は彼のそういう姿勢はプラスのチャレンジ精神としてとても良い印象をもってしまった。

何もやらないより、自分を変え成長させる努力をする方が、人の心を動かすのである。

今は太ってしまったが岡田斗司夫さんとってもとても良い経験になったに違い無いのである。

まるでソ連のガガーリンの様にロケットで飛び立ったシロツグは

こう語り出すのである。

地上でこの放送を聴いている人いますか。わたくしは人類初の宇宙飛行士です。たった今、人間は初めて星の世界へ足を踏み入れました。海や山がそうであったように嘗て神に領域だったこの空間もこれからは人間の活動の舞台としていつでも来れる下らない場所となるでしょう。地上を汚し、空を汚し、更に新しい土地を求めて宇宙へ出て行く。人類の領域はどこまで広がる事が許されているのでしょうか。どうか、この放送を聴いている人、お願いです、どのような方法でも構いません、人間がここへ到達した事に感謝の祈りを捧げて下さい。どうかお許しと哀れみを。我々の進む先に暗闇を置かないで下さい。罪深い歴史のその果てに、揺るぎない一つの星を与えておいて下さい。

このセリフの重要な点は彼の思想がリイクニによって変化していった事である。

人は大切な人間が出来た時のその人の考え方を理解しようと必死になる。

シロツグもリイクニを理解しようと必死になって自分を高めたのである。

それは二人の関係において正しいのか間違いなのかは別にして

一つの人生の通貨点と考えれば非常に重要な意味を持つのである。

終盤になってもシロツグとリイクニが結ばれるなんて事は描かれない

しかし彼にとってロケットパイロットを目指したことは良い経験になり

その後の人生においても自身に繋がる事が間違いない。

もしあなたが、今自分の殻に閉じこもっていると感じているのであれば

王立宇宙軍を見る事をお勧めする。

きっと、得られるものがあるはずである。

人類は通常の飛行運転の延長で月に到達できたわけでは無い、明確に月を目指す努力をしたから月に到達したのである…

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王立宇宙軍 オネアミスの翼』(おうりつうちゅうぐん オネアミスのつばさ)は、ガイナックス制作のSFアニメ映画。1987年(昭和62年)3月14日に劇場公開された。

架空の惑星にあるオネアミス王国を舞台として、王立宇宙軍の士官シロツグが史上初の宇宙飛行士に志願し、仲間とともにロケット打ち上げを目指すという作品。

刑事コロンボちゃんと見た事ありますか?とぼけた雰囲気で隠す名推理

刑事コロンボはある一定以上の年齢の方であれば、金曜ロードショーで何回か見た事もある方はいるかもしれない。

推理小説や刑事ものでは当時では珍しく、最初から犯人が被害者を殺害するトリックを見せてその後に、コロンボに推理させて犯人をついには

追い詰めるという手法をとっているドラマである。

金曜ロードショーで日本では放映されていたが本場アメリカではコロンボは基本は映画では無く、火曜サスペンス劇場の様な扱いの

ドラマだったと言うのである。その事をはじめて聞いた時は正直びっくりしてしまった。

なんせ初期の監督陣の中にはあの有名なスティーブンスピルバーグも

名を連ねていたし、そのドラマとしてのストーリーと、クオリティーに何よりもびっくりさせられる。今見ても、映像は古いかもしれないが

そのストーリー性は今の時代でも十分通用するのだ。

何より、マンネリ感が良い。高度経済成長期にお年寄りが何故水戸黄門を

毎回楽しみに見たかと言うと、毎回同じ時間帯になると必ず、すけさん、かくさん、が紋所の入った印籠をかざして悪党をひれ伏すからである。

コロンボもまた同じ位の時間になると、きまって犯人を追い詰め最後には、

犯人を落としてしまうのである。そこがとても快感である。

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コロンボと愛車プジョー

コロンボのトレードマークと言えば、

① 葉巻

②ヨレヨレのレインコート

③ボロボロのプジョーの車

以上三点と言う事になるだろうか?

三番目に関してはむしろ乗らない方がいいのでないかと思う位ボロボロである

そんな事を言ってしまうと夏なのに?なんでレインコートを着ているのだろうと

何回疑問に思った事だろう。雨も降ってもいないのに

まるで見た目は変なまさに変なおじさんなのである。

のらりくらりと動くさまはまるで動物園のゴリラを見ているような感覚に陥ってしまうのである。

まわりのギャラリーなんて考えない、あくまで犯人逮捕、事件解決の事しか考えない所が見ている物に不思議な安心感を与えてしまうので和えう。

演じるピーターフォーク自身ももしかしたら、演技をしていないで素の自分を皿家だしていた部分もあったのかもしれない。

          犯人は決まってコロンボを馬鹿にする

面白い事に犯人は決まってコロンボの事を下に見て、馬鹿にしたような態度をとるのである。

このドラマの特性上、主に犯人になる人間はセレブな人間が多いと言う所も大きいが決まってコロンボに斜め上から

妙なアドバイスをしたりするのである。

そう、そんな時人間は一番本音をさらけ出しやすいのである。

経験した事は無いだろうか?飲み会の席などでお酒が入って、人に対して

気が大きくなってしまいいらない一言を言ってしまい。

後できまずくなってしまい。その後に言った相手に足元をすくわれてしまった事を。まさしくそのような感じなのである。

そこがコロンボの魅力部分である。

前半にコロンボをとことんまで馬鹿にしていた犯人は、その後コロンボに

とことんまで追い詰められていくのである。

やはり、馬鹿にされている方が強いのかもしれない。

コロンボの登場後影響を与えたドラマは数多いその中でも有名なものは日本における古畑任三郎ではないだろうか7?

古畑任三郎なんて最初の部分なんてコロンボそのままなのである。

格好についてはコロンボの正反対でスタイリッシュにブランド物を着こなしている。それもコロンボの影響があっての事であろう。

昨今では見た目をあまりに気にし過ぎている風潮があまりに大きいと思う、

芸能人やモデルや営業マンであれば見た目が非常に大切だなんて思ってしまうかもしれない。

しかし現実は、名俳優の中にはそこまでイケメンで無い者がほとんどである。

ピーターフォークが証明しているではないか?

敏腕営業マンの中にも、そこまでイケメンでなく単なるおじさんにしか見えないがとてつもない数字を叩きだしている人もいるのが現実である。

もし自分の評価を非常に気にしてしまうような人がいるのであれば、若い人でもどの世代の方でも一度、刑事コロンボを何作品か見直す事をお勧めします。

きっと気持ちが楽になり明日の自分へのヒントが隠されているに違い無いからです。

そして見たあとこの言葉をあななたは口にしているはずである

今の見たね?

 

 

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          刑事コロンボピーターフォーク)

刑事コロンボ』(けいじコロンボ、原題:Columbo)は、アメリカで制作・放映された、ロサンゼルス警察殺人課の警察官コロンボを主人公としたサスペンス、テレビ映画である。全69話。音声吹き替え版で日本でも放送。民放テレビでは2時間枠の放送となる。

独特のテンポで進むストーリーで、知的で社会的地位も高い犯人が完全犯罪を目論むも、一見愚鈍で無害そうなコロンボにアリバイを突き崩され、自ら破滅の道を転落する必罰的展開ながら、コロンボと犯人との駆引き、静かにそして確実に追い詰められて行く犯人の内面の葛藤・焦りといった感情描写や、コロンボのユーモラスな台詞回しなど、そのいずれもが味わいのある1話完結の人間ドラマとなっている。脚本家も監督もメインと呼べるほど多数を担当をした者はおらず、基本設定を厳守した中で各自の個性を発揮する競作となっていることもあって、設定を深追いしていくようなキャラクター・ドラマの方向へは進まなかった。レギュラーはあくまでコロンボ一人だけであり、その性格や設定も第1話と最終話で大きく変化はしていない。

大島彰さんをしってますか?全盲のエレクトーン奏者~やれば出来る、絶対出来る、できないのは自分にやる気がないから

大島彰さんと言う方をあなたは知っているであろうか?

かれと私の最初の出会いは小学生の頃であった。

彰ごろになると文化祭シーズンになるがその頃になると、小学校に劇団や音楽家が招かれる事がよくあったのである。

そのなかの一人が大島彰さんである彼は小学生のころから、

友達と、かくれんぼや鬼ごっこができなくて悔しかった子供の頃、家にあったおじいさんのオルガンで遊びながら、音楽の先生になろうと決めたようである。

決めたとは簡単に言っているがそう簡単に出来る事ではないのである。

私も音楽経験があり多少なりとも、楽器を弾くことはできるが、

目が見えない状態からスタートするなんて気が遠くなるほどの努力が必要になってくるのである。

あのベートーベンも最初は耳が聞こえていた。その後耳が聞こえなくなりる不幸が起きたが。最初からなんて大変な事である。

まるでヘレンケラーの様そんな感じだろうか?

そうまさしく日本のヘレンケラーと言っても間違いはないだろう。

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ベートーベン

それはもう普通の人には想像もつかないような障害といじめにあったと想像がつくのである。

彼の演奏を聞いた時鳥肌がったのを非常に覚えているのである。

二度ほど彼のコンサートを見た事があるが、もしかしたら多少なりとも私にも

影響を及ぼしているかもしれない。

何故か?

それは彼が発したこんな言葉が衝撃的で素敵だからである。

やればできる絶対出来る、できないのは自分にやる気がないだけ。今からやります

絶対と言う言葉はあまり好きな言葉ではないが最後の部分

出来ないのは自分にやる気がないだけは非常に刺さった。

それからの私も彼の様に一時は音楽の道を目指したこともある。

自分で作曲したり作詞をしたりもしていた。

それ以外でもどんな仕事でも、自分が出来ない事でもどうやったら出来るのか考える事が多くなった。

残念ながら、音楽の道では大成はしなかったが、

自分の情熱を仕事に捧げる事が出来ている、まさしくやれば出来るである。

もしあなたがこの世に天才がいて才能がすべてと思っている方がいるのであれば

大島彰さんについて調べ、できれば演奏を聴いていただきたい。

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大島彰

全盲のエレクトーン奏者

直視せよ、運をつかみ幸せになりたいのであれば嫌われ松子の一生を見よ

嫌われ松子の一生と言う物語を知っているだろうか?

もうかれこれ15年以上前の作品になるであろうか?

中谷美紀主演で映画になったもの、内山理名のドラマ版どちらでも良いが

パッケージの明るさとは裏腹にその暗さたるや正直見るに堪えない気持ちになってしまう。

こんな気持ちは正直、(蛍の墓)をはじめて見た時と同等それ以上に

後味の悪い記憶が今でも残っている。

マツコデラックスなんて一番この作品を見たときに自分自身を映画化されたなんて思った位衝撃を受けたに違いない。

            嫌われ松子の一生とは?

修学旅行中に教え子が起こした現金盗難事件を収めるためにその場しのぎの対応をとったため教師の職をクビになり、家族とのいざこざから家を飛び出したことから転落して行く、川尻松子の悲劇の人生を描いた物語である。

私がこの物語を見たのは夜中だったのを覚えている、夜中の2時ころに見たのでとてつもない記憶に残っているのである。

松子は孤独になりたくないがために男に依存して生活するようになってしまうのである。

その行動規範は目の前にいる男が駄目んずであってもその男にとことん尽くして裏切られていくと言う事の繰り返しである。

男たちは松子の優しさをつくづく利用だけしていくのである。

そんな中出会った武田真治演じる紐男に騙されたことに腹を立て、彼を殺害してしまった事により、ついに彼女は這い上がれない程、底辺に落とされてしまうのである。

それでも彼女は生きる事をあきらめなかったが最後は河川敷で少年たちに

リンチされ殺されてしまうのである。

             飯島愛と嫌われ松子

私はその頃、東京の渋谷で生活し、職場も渋谷のど真ん中にあった、その頃のニュースで印象的だったのは酒井法子が覚せい剤で逮捕された事ともう一つ、

飯島愛がマンションの一室で孤独死していた事である。

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飯島愛

この二つの事件は私が勤務していたお店の本当に近所だったので

当時は背筋が凍る程の衝撃であった。

中でも飯島愛が無くなった時は妙に嫌われ松子の一生の事を

思いだしてしまった事を記憶している。何故か?

飯島愛の本名は松恵であり、元AV女優である事

松子も元ソープ嬢であり友人はAV制作会社社長である。

飯島愛は学生時代は成績優秀にも関わらず、祖父の死をきっかけに精神のバランスを失い裏の世界に入ってしまう。

妙な共通点があってとても記憶に残っていたのだ。

二人に共通していたのはやはり、その瞬間一人の対象にとてつも無く依存してしまう事であろう。

愛を乞う人の様である。あの映画もまた凄かったが今回は深くは語りはしない。

飯島愛は祖父に。松子は最終的にアイドルの内海に依存していくのである。

数か月前に歌舞伎町で松子の様に付き合っていた男を殺してしまったガールズバーの女子がいたが彼女もまた同じであろう。

少し前にアドラーの本をもじって嫌われる勇気と言う本が流行ったがやはりその内容は一理あるなとつくづく思わせられてしまう。

人に好かれる事は悪い事ではないが人に好かれようとするとやはり自分自身を見失ってしまう原因になってしまうのだろう。

            お客様の立場になって考えるのは?

大切なのはお客様は神様ではないと認めつつもお客さんの心理をよく読む事であろう。

自分と同じ人間であると認めた上で、相手が喜ぶ事をする事が大切なのであろう。

もしその要求が自分のキャパオーバーになっているのであれば無理にそれに付き合う必要はないと言う事である。

例)①お客様が90%の値下げを要求して来た場合↓

そんな事にいちいち付き合う必要はない。そんな事をしては売上が立たなくなる

②お客様がクレームの代償に金品を遠回しに要求してきたら↓

その中間の解決策を見つけるべきである。全部払うなんて最悪である。

嫌われ松子の一生の反対の物語は

ワンピースであったりドラゴンボールなんて事になるかもしれない。どちらの主人公も自分の興味の赴くままに行動している。ある意味子供である。

嫌われ松子は確かに不幸になり、孤独のうちに死んでしまったかもしれない。

しかし、映画とは言え彼女から受け取れる教訓は計り知れないのである。

是非この機会に一度見直していただきたいものである。

あなたの運と幸せの為に…。

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飯島 愛

(いいじま あい、1972年10月31日- 2008年12月17日〈死亡推定日〉)は、日本の元AV女優、タレントである。本名:大久保 松恵(おおくぼ まつえ)。株式会社Thesis元代表取締役。東京都江東区出身。瀧野川女子学園高等学校中退。元ワタナベエンターテインメント所属。

シェイクスピア ヴェニスの商人…はき違えるな、ユダヤ人とお金儲けを悪として描いているわけでは無い⁉

シェイクスピアのヴェニスの商人と言う物語を知っているだろうか?

名前位なら聞いた事があるがそのストーリーと言うとそんなに知っている人はいないのではないだろうか?

シェイクスピアはイギリスを代表する劇作家である。

大学も出ていない彼はその才能を創作活動の中に見出して成功を収めることになります。

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さてこのヴェニスの商人のお話のあらすじはと言うと、

シャイロックと言うユダヤ人商人を中心にして物語が語られていくのであります。

現代では藤田田さんの影響もあってユダヤの商法は日本では認知がされている。世界を見てもユダヤ人の億万長者は非常に多いのである。

金融系を中心に世界のマネーを牛耳っているのはユダヤ教を宗教にもつユダヤ人であるといわれている。

             肉1ポンドを抵当に

舞台はイタリアのヴェニス(ヴェネチア)。バサーニオは富豪の娘の相続人ポーシャと結婚するために先立つものが欲しい。

そこで、友人のアントーニオから金を借りようとするが、アントーニオの財産は航海中の商船にあり、金を貸すことができない。

アントーニオは悪名高い高利貸しのシャイロックに金を借りに行く。アントーニオは金を借りるために、指定された日付までにシャイロックに借りた金を返すことが出来なければ、シャイロックに彼の肉1ポンドを与えなければいけないという条件に合意する。…

アントーニオの船は帰る事が無く、シャイロックにお金を返済する事が出来なくなってしまったのである。

シャイロックは執拗にアントーニオから約束の肉1ポンドを渡す様にせまるのであるそこから、裁判まで発展していくのである。

しかしシャイロックは裁判長(主人公の友達の恋人が変身した)にふとした事をつっこまれてしまう。

肉は切り取ってもいいが、血を一滴でも流せば全財産を没収するといわれてしまうのである。

血を切り取るのに血を流さないなんて考えられない、よってシャイロックは

裁判に負けてしまうのである。

アントーニオの慈悲により、シャイロックがキリスト教徒に改宗する事により、全財産の没収と、死刑は免れる。シャイロックの娘にも財産の半分を分け与えられるこことなったのである。

             反ユダヤ主義物語では無い

表面的な事を読んでしまうと、どうしてもこの物語は反ユダヤに傾いてしまいそうな物語である。

しかしであるこの物語はそんなみみっちい事を言いたいがために作られたものではないと思うのである。

確かにユダヤ人の中にはシャイロックの様な金貸しは存在したのかもしれない。

でもその金貸しによって救われた人々もいたのは確かだと思う。

この物語の一番言いたい所は、反ユダヤでは無く、

①キリスト教の懐の大きさを出来るだけアピールしたかった事

②どんな金持ちでも人の命を奪う事は許されないと言う事

③富を愛する人に分け与える事の大切さ

以上大きく分けてこの三点を言いたかったのでないだろうかと思うのである。

本当に反ユダヤの物語であったならば、シャイロックはもっと酷い目にあって死刑になっていただろうし、財産も没収していたはずである。

ここはとてつも無く大事な事である、ここをはき違えてしまうと、

ヒトラー率いるナチスの様に、ユダヤ人を糾弾するような思想の入り口に立ってしまうのである。

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ユダヤ人も人であり、キリスト教徒も人である、それを伝えたかったのではないだろうか?

           ユダヤ人も人である

その証拠にユダヤ人であるシャイロックをキリスト教徒に改宗させようとしているではないか?

人扱いしてこそこの対応が出来るのではないかと思うのである。

言い換えて言うのであればユダヤ人もキリスト教徒になれると言う事。

同じ人間なんだよと。

日本人だって昔はイエローモンキーなんて言われ、欧米の人間から

忌み嫌われた事があった、最近になってやっと、人扱いしてもらえて来た感じがするそれはどうしてだろうか?

我々日本人が海外の人々に対しておもてなしの気持ちをもって真摯な心で接しているからに他ならない。

日本に海外から入国してくる人が非常に多くなって来た。

しかし今2000年代に入ってそこまで外国人の人々を差別したり軽蔑したりする事は少なくなった。

そうあり続けるためにもこの本を一読して欲しい、アントーニオやその周りの人々の大きな心を感じて欲しいのである。

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ヴェニスの商人

ヴェニスの商人』(ヴェニスのしょうにん、The Merchant of Venice)は、ウィリアムシェイクスピアの喜劇、戯曲である。1594から1597の間に書かれたとされている。『ベニスの商人』と記される。「人肉抵當裁判」として紹介されたこともある。

タイトルの『ヴェニスの商人』とは有名なユダヤ人の金貸しシャイロックを指すのではなく、商人アントーニオのことである。英語のmerchantというのは小売商のような「商人」ではなく、むしろ「貿易商」を意味する。貿易で栄えたヴェニスが舞台になっているのはそのためである

論理的思考の集大成~考える技術…大前研一おすすめ度4.2

大前研一と言う人間をご存じでしょうか?

経営コンサルタント、上場企業の社長、日本が世界に誇るグル、そのどれもが正直正しいです。しかし現在あまり大前研一の本は売れているとは言え、日本での評価はいま一つだと私は思ってしまうのである。

大前さんの独特な思考は原子力について徹底的に向き合った研究者から経営コンサルタントに転身した彼だからこそ紡ぎだせるものであるとつくづく思うのである。

大前さんの考えの根本にあるのは自分の頭で考える事の大切さと言うテーマそれが彼の他の本の中にも繰り返し述べられている事である。

経営コンサルタントとしてマッキンゼーで歴戦してきた彼にはフレームワークと言う事は論外である。

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フレームワークはあくまで外側で根本は自分の頭で考える事であると説く。

論理的思考とは?

論理的思考とは英語にするとロジカルシンキングである。 難しそうな印象を受けがちだが、実は逆で、複雑な物事を整理・分析して因果関係を解きほぐし、結論までの道筋を矛盾なく、シンプルかつわかりやすく示すことです。 物事を、メリットとデメリットに分けて考えることがあるがこれもロジカルシンキング

もしそれでもわかりずらいと言うのであればその対義語を考えればいいと思う。

その対義語とは直感的、情緒的と言う事である。感情や、直感に任せて考える事の反対が論理的思考と言う事も出来る。

失敗の大小に関わらず、論理的思考が欠如している事があまりにも多い。

その事について一番わかりやすいのが第二次世界大戦における日本の戦い方である。あまりに直感的であり情緒的すぎるのである。

その戦い方にはほとんど論理的な部分が感じられないのである。

どうしてあのタイミングで真珠湾に攻め込んだのか?

どうしてあんなに戦線を急激に拡大していったのか、その場その場で行き当たりばったりにしか考えてはいないのでは無いかとしか思えないのである。

2001年の9月11日のテロ以降のアメリカもそうである、人間は憎しみの感情や羨望の気持ちがあるととかく情緒的になりやすいものである。

アメリカもまたどうしてあの時アフガニスタンに攻め込んでしまったか?イラクに攻め込んでしまったかと考えたくなるのである。

そう考えて行くと自分の生活にも論理的思考は約に立つのではと思うのである。

理屈っぽいと言われたりするかもしれないが、もし仕事を筋道立てて成し遂げていきたいと思うのであれば身に着ける努力をすることをお勧めする。

           日本版ベンジャミンフランクリン

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企業参謀と言う彼の著書もあるがそちらを読むのであれば考える技術を読むことを断然おすすめする。

これは私が勝手に思っている事であるが。

大前研一氏は日本のベンジャミンフランクリンになり得た人物ではないかと覆うのである。しかし彼は東京都知事選に落選してしまった。

都政を変えたいと言う彼の意気込みもむなしく青島幸男の前に惨敗してしまうのである。その後のビジネスブレイクスルーの成功を考えると落選してた事も

彼にとっては肥やしになったのでは無いかと安心する。

もし落選していなかったら彼はこのような本は書いてないかもしれないし、

私も彼の本を読んでいないかもしれない。私は政治に携わる人は少し敬遠してしまう所があるからなおさらである。

経営コンサルタントと言う言葉は最近少し乱用気味ではないかと思うのである。

その国家資格なんてものは無い。不動産の営業マンに宅建の資格がいらないのと同じである。

しかしだからこそ経営コンサルタントも彼くらいのレベルで初めて経営コンサルタントを名乗って欲しいものである。

これからの日本には彼の様な人間はなかなか生まれずらくなっているが、彼から得られるエッセンスはとてつもなく大きいので是非これを皮切りに別の本も読むことをお勧めいたします。

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大前研一

大前研一

「ボーダレス経済学と地域国家論」提唱者。 マッキンゼー時代にはウォールストリート・ジャーナル紙のコントリビューティング・エディターとして、また、ハーバード・ビジネスレビュー誌では経済のボーダレス化に伴う企業の国際化の問題、都市の発展を中心として拡がっていく新しい地域国家の概念などについて継続的に論文を発表していた。
この功績により1987年にイタリア大統領よりピオマンズ賞を、1995年にはアメリカのノートルダム大学で名誉法学博士号を授与された。

英国エコノミスト誌は、現代世界の思想的リーダーとしてアメリカにはピーター・ドラッカー(故人)やトム・ピーターズが、アジアには大前研一がいるが、ヨーロッパ大陸にはそれに匹敵するグールー(思想的指導者)がいない、と書いた。
同誌の1993年グールー特集では世界のグールー17人の一人に、また1994年の特集では5人の中の一人として選ばれている。2005年の「Thinkers50」でも、アジア人として唯一、トップに名を連ねている。

批判を恐れるなんて馬鹿げている~エジソンから得る勇気

最近ではテスラモーターズの躍進もありテスラが再認識されるようになっている様である。私の様な昭和生まれの人間にとってはやはりテスラよりも

エジソンの方が少し魅力的なんて思ってしまうのはいけない事だろうか?

実際テスラに対してのエジソンの行いは少し大人げない部分が多々あったようでもあるが、マスコミの力が強くなって政治家も芸能人も昔ほどの自由さ、力強さを失ってしまった現代だからこそ彼から得るものがあるのではないだろうか?

         エジソンの功績とは?

一番の功績と言えばなんといっても発明という行為を大勢の人間に認知させたことです 。

主な発明


①音を記録し再生する蓄音機(フォノグラフ)の発明に成功
②京都の竹フィラメントを用いて、白熱電球の長寿命化
③画撮影機キネトグラフを発明

上記はエジソンの三大発明と呼ばれております。

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エジソンは少年時代、耳を強く引っ張られて耳が不自由になっていて聞き取りづらい状況になっていたとの事です。

ある意味ベートーベンが耳が聞こえないのに素晴らしい音楽を作曲し続けたのと同じように情熱をもって発明にいそしんだかの様な所があるので正直感動をしてしまいます。

彼がいなかったら、その後のアメリカの起業家の姿は全く別の形になっていたのではないかと思うのです。

アメリカだけでなく日本にも多大な影響を与えております。

かの松下幸之助はエジソンを非常に尊敬しており 松下電器産業の中央研究所にはその銅像を建てたほどである 。

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松下幸之助

現代は正直いきづらい。人からの視線を気にし人に好かれようとしてしまう。

エジソンは正直KYなくらいあまり空気を読まないで自分の興味が赴くままに発明と事業に没頭している。そこが素晴らしい所である。

多くの人々にその商品が売れたと言う事は彼の視点はしっかり顧客の視点で見られていたのではと思うのである。

そのバランスが非常に優れていたのだろうと考察出来る。

私たちは彼から得る教訓は非常に大きいものだと思う。

周りの状況に振り回されしぶしぶ人付き合いをして窮屈に生活するよりも彼の様に潔く自分の研究に没頭する方が幸せになれる人もいるのである。

もしあなたが人付き合いの方が何倍も大事だと言う方であるならばこの意見には賛同していただけ無いかもしれない。

しかし彼が残した探求心と不動の心は、21世紀にも残していきたいなと私は思うのである。

テスラが再認識された現代だからこそ、エジソンをもう一度かみしめてみるのはいかがだろうか?

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エジソン

トーマスアルバエジソン(1847年2月11日-1931年10月18日)は、アメリカの偉大な発明家と言われているアメリカの発明家であり実業家でした。彼は、発電、マスコミュニケーション、録音、映画などの分野で多くのデバイスを開発しました。蓄音機、動画カメラ、長寿命の実用的な電球を含むこれらの発明は、現代の工業化された世界に広く影響を与えました。彼は、組織化された科学とチームワークの原則を発明のプロセスに適用し、多くの研究者や従業員と協力した最初の発明者の一人でした。彼は最初の産業研究所を設立しました。

織田信長とスティーブジョブズの類似性と成功とは?

織田信長と言えば戦国時代では一番有名な存在と言う事になるだろうか?歴史の授業の中でもこの時代は一番人気がある授業であると思う。足利幕府を終わらせた人間、キリスト教を許容し布教を手助けした人、日本の戦闘を変えた人、商業を変えた人、宗教をも恐れず神をも恐れずに世に挑んだ人間様々な評価が下されるのではないだろうか?

そのどれもは実に正しい。

では織田信長のなにが凄かったのかまとめて話していこう。

戦に強く、その勝率もおよそ90%とかなりのものだった事

② 常識にとらわれない柔軟な発想の持ち主で、かなり未来的思考な持ち主であったと所

③ 家臣のお給料を決める時、その人の家柄や血筋、先祖代々からの家臣であるか 関係なく 完全なる実力主義のスタンスで家臣を雇用していた事

④ 兵隊と農民の役割を分担した事

楽市楽座 『座』と言う組合なくして、皆が自由にやりたいように商売ができる場を作った事

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上記の通り信長は様々な変革を日本に起こしてその時代の日本人の目を丸くし衝撃を与えました。

しかし残念ながら、明智光秀に本能寺の変でやられてしまします。

       スティーブジョブズは?

スティーブジョブズと言えばアメリカを代表するアップルを代表する、経営者としてその名をとどろかせております。

もしジョブズがいなければ現在の様に携帯電話でこんな便利に生活していないかもしれません。まだガラケーを使っている可能性があるのです。

スマホだけではありませんジョブズは、パソコン、アップルTV、などさまざまな変革を世の中に起こしているのです。

ジョブズの凄さをおさらいしていきたいと思います。

① 顧客の立場からアップルⅡの開発をしていた事、他の機器についてもそう

② ユーザー視点で発想し、「これはいらない」「ムダだ」といらない機能をどんどんそぎ落としていく所

③ 発想力ではなく、発想力+実行力の総和がすごい所

④不屈の精神力

上記以外にもあるとは思うが大きく分けるとこんな所だろう。

ジョブズは、有名な話だが自分で口説き落とした、元ペプシのスカリーに会社を追い出されてしまうのである。

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信長もジョブズも似ている所があって非常に面白い。

最後に自分の腹心の部下に裏切られてしまうあたりが非常に似ている。

信長もジョブズも実に短気で部下に一度切れだすと取り返しがつかない状態になってしまうようだ。

それに危険を感じた部下は何人もいたはずだが、それを行動に起こした人間は明智光秀だけであった。

あの徳川家康さえも生前の信長については口をつぐんで多くを語ろうとはしなかったようである。(家康首謀説もあるが)

二人は幸せだったのだろうか?

正直そんな事は本人にとってみれば大きなお世話なんだろうと思う。アップルの製品についての出材や機能性についてとことんこだわれるジョブズはある意味幸せだったのであろう。

新しい日本の絵図を考えてで自分に出来る限りの事をやった信長にとってはその生き方が実に幸福だったのかもしれない。

この二人の人間性については少しずれていて人としてはどうなのかな?なんて点は多々ある。

しかし、人からの批判を恐れずに前につき進んだその功績はとてつもなく大きい。この二人からはその点を大きく感じとる事が出来るのである。

現代人はとかく人からの評価や周りからの評判を機にかけて生きていいる。

学歴などその最たるものであろう。

しかし彼らはそんな事はなかったのである。そんな事より己が信じる事をただひたすら邁進したと言う所である。

信長は現代の法律に照らし合わせると非合法で犯罪的な事もたくさんやっている、ジョブズもパワハラ防止法が成立した昨今ではありえない程の暴君ぶりを部下に見せつけている。

しかしながら、人からの批判を恐れずに道をつき進んだ彼らからは得る物が非常に多いのではないだろうか。

この様に現代の偉人と過去の偉人の類似性を考察すると実に面白い。

この延長戦上にも新たに成功者が誕生するだろう。それはあなたかもしれない。

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       スティーブジョブズ

(1955年2月24日-2011年10月5日)は、アメリカのビジネス界の大物、起業家、工業デザイナー、投資家、メディア所有者でした。彼はApple Inc.の会長、最高経営責任者(CEO)、共同設立者であり、Pixarの買収後のThe Walt Disney Companyの取締役会のメンバーであるPixarの会長および多数株主であり、創設者である会長、およびNeXTのCEO。 Jobsは、Appleの共同設立者であるSteve Wozniakとともに、1970年代および1980年代のマイクロコンピューター革命の先駆者として広く認識されています。

人を馬鹿にするより馬鹿にされる事を選んで生きよう★★★

現代社会を生きているとどうしても自分と他人を比較して生きてしまいがちです。自分の経歴であったり、自分の容姿であったり、自分の年収であったり、

自分の育ちであったり、あらゆる事で比較して自分の自己肯定感をどうにかしてあげようとするのが人間だと思います。

私の少年時代の話をしていきたいと思います。

私は以前自分の体形が少し太っていたと言う事を記載しましたが、小学生当時の私は柔道もしていたので、少し体力には自信ををもっておりました。

柔道で、少年大会などで銀メダルを獲得したりしていたのでなおさら鼻にかけていた事を覚えております。

そのころの私はと言うと、柔道で覚えた技を友達にかけて楽しんでいるような子供でした。あたりまえですが、友達は全然喜んではいませんね。

そんなことにも自分は気づかずに生きていたのかもしれません。

その中でもW君にたいして私は毎日の様に柔道技をかけては楽しんでいた事を覚えております。

W君は少しひょろっとしてあだ名はこんにゃくなんて呼ばれている様な少年でした。私は彼の体型だけを見て彼を馬鹿にしていたのです。

毎日毎日、彼からしたら、地獄の日々だったかもしれません。

言うならば、ジャイアンとのび太見たいな関係だった様です。

先生もなぜか私の事は指導もしませんでした。言っても無駄だなんて思ったのかもしれませんね。今だった大変な事になっておりました。

小学校の時は彼の体型だけを馬鹿にしていつも彼をいじめていた事を覚えております。

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  中学生での十倍返し

しかし中学校に入るとそんな彼に、やり返された経験があります。

彼に殴られたとかそういうわかりやすい経験ならまだしも、鮮やかにやられてしましました。

中学生になると体育際がありますがその時に私とW君がまさか紅白に分かれて応援団長に任命されたのでした。

任命とありますが、私の記憶違いでもしかしたら、立候補だったかもしれません。本当人生ってなにがあるかわかりませんよね。

結果としては彼の率いる白組が圧倒的に勝利して、応援賞もチームでの勝利もすべてもっていってしまいました。

その時の私の頭の中は真っ白になっていた事を記憶しております。

自分の負けを分析してみると本当にいろんな事が見えてきます。

彼は日ごろから周りと密にコミュニケーションをとっていたのです。

それどころか、彼の体から出される声は応援団長に生まれてくる為にあるような声でした。練習もとてもまじめにしていたのです。

かくいう私はと言えば、上っ面ばかりで、練習も表面的な事ばかりして周りとも少し壁を作っていた事を覚えております。

負けるべくして負けたと言うとても記憶に残る出来事です。

なんだか油断して負けた佐々木小次郎の気分でした。

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巌流島の戦い

その頃生徒会長や野球部の部長などをやっていた自分にとってはとても耐えがたい記憶ではありました。でも負けたのは現実です。

今でもその頃の事は覚えている位ですから私の人生にとって大切なターニングポイントの一つだったのかもしれません。

最近ゲッターズ飯田さんが人を馬鹿にするよりも馬鹿にされる方が運が良くなるとおっしゃっていた事が記憶に残ります。

私も人に馬鹿にされると、少し怒ってしまった過去がありますが。

その言葉を聞いた時に妙に納得がいったのは上記の記憶があったからだと思います。人に馬鹿にされても人から命までは取られません。

私もこれからの人生で人に馬鹿にされても良いから頑張って生きていこうと思っております。

皆さんもこれから頑張っていきましょうね。(^^♪

巌流島の戦い

宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘、およびそれを題材として公正に行われた戦いのこと。

巌流島

山口県下関市にある関門海峡に浮かぶ島(微塵等)。正式な島の名前は船島(ふなしま)であり、住所は「下関市大字彦島字船島」となっている。

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自転車で何回も転んでいた記憶を取り戻そう、新しい日々の為に

幾人かの経営者の中では何度目かの破産や倒産を経て最終的に成功を手にするような億万長者が良くいる。

有名な所で言うと、ヘンリーフォード、ドナルドトランプなんかもそうである。

日本で自己破産なんかしようものなら、大変な事である。信用情報には傷がつくので大体の人が自信を無くしてしまい。

二度目の挑戦をしなくなるのである。

私もその様な人にであった事があるが、正直破産で終わるような人はやはり、なるべくしてなってしまったかななんて思うような所が見受けられるのである。

性格上の問題が一番大きいかもしれません。

結局のところ人を大切にしなかったからこそこの人は運に見放されてしまったのではないかと思ったのが正直な感想だ。

彼を半面教師にして私はしっかりと人を大切にして運や成功をつかみたいと思ったのである。

極端な例ではあるが彼にもこの先の人生でもっとより良い人生を送って欲しい物である。

            子供の頃は何にも怖くない

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話を本題に戻すが、ほとんどの人は破産したり、自己破産なんてしていないと思う。

それでも小さな過去の失敗におびえてしまい、未来に対して一歩を踏み出す事が出来ずにいる人が多いのが実情である。

子供の頃自転車の補助輪を初めて外した時の事を覚えているだろうか?

何回も何回も転んで、傷だらけになって初めて自転車に乗る事が出来た事を覚えているだろうか?

その事を思い出してほしいのである。そうすれば少しの失敗など将来的には通過点に過ぎないそう思えるはずなのである。

自転車に乗れるようになった子供はあっけらかんとみな笑って過ごしている、

過去の傷跡なんかなかったかのように日々を過ごし始めるのである。その気持ちを取り戻せばなんだって出来るのではないか。

子供に教わる純真さしかし大切なのはバランス              

大人になると、地位や名誉や持っているお金の額等、世間体を特に気にしてしまう物である。

それは一人の大人の人間として大切な事ではある。それが無かったら人は金銭管理もできないまま、単なるわがままで生きてしまい、大変な事態に発展してしまう。

最初に紹介したトランプやヘンリーフォードも少し大人の感覚が足りなかったからこそ失敗してしまったとも言えるのである。

要はバランスと言う事も言えるのでは無いだろうか。

時には子供のよう純真無垢になって目標のために頑張る事、時には客観的に自分をコントロールする事そのどちらも大切だと言う事である。

子供の純真さは時として大きな力を発揮する事が出来る、しかしそれは、親と言う保護者がいてからこそなせる業ではないだろうか?

どんなに能力がある子供も親と言う力が無ければその才能を発揮できない。

子役が子役の時は天才でも大人になるとその才能を発揮できないのもそういう点があるからではないだろうか?

小さい頃はマネージメントしてくれる、大人がいるだからこそ実力が発揮できると言う物である。

と言う事である。大人になって成功する事は自分がセルフマネージメントをしっかりするか、優秀なマネージャーを見つけるかのどちらかである。

芸能人でない限り、一人に一人マネージャーが付くなんて事はない。

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と言う事はある程度自分をマネージメントする能力を高めたうえで純真な頃の気持ちを大切にすることが大切なのである。

何度失敗してもそこまで致命傷に陥るなんて事は無いのがほとんどである、たいていの人間はそこまで失敗してはいないだからこそ

何度でも何度でも成功するまであきらめない生き方をしたいものです。

私もあなたもこれからの人生で生活していくのであれば何度でも一緒に挑戦していきたいものである。

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億万長者の秘密をきみに教えよう!ロジャーハミルトン   おすすめ度…3.8★★★

前回に引き続きロジャーハミルトンの本を紹介していきたいと思います。

前回はウェルスダイナミクスについて書かれている、億万長者の法則について書かせていただきました。今回紹介する本はもう少し、小さい子供でも読める本に仕上がっております。内容も至って、わかりやすく書かれていると言う印象が強いです。

父と二人暮らしの貧しい家に育った9歳の少年リチャード。「富の泉」の水を飲めば金持ちになれるという村の風習を信じていた父が、ある日倒れてしまった。

父の代わりに「富の泉」へ向かうチリャードは、分かれ道で老婆と出会う。平らで歩きやすい道ではなく、うっそうと茂るいばらの道を、老婆に「行け!」と背中を押される。「5つ星の人生」を目指す、少年は水を求めて旅にでます。

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             富の泉を求めて

この本の最重要キーワードはなんといってもこの富の泉と言うセンテンスである。この富の泉とは何なのか、それを見つける事がこの本の目的でもあるのです。

少年は旅先で様々な職業の人に会います。その中には父親とは違い裕福な人々が何人もいました。

  ①眼医者・・・ビジョンを見つける
  ②水道屋・・・コントロールする
  ③ガーデナー・・・情熱を持つ
  ④釣り人・・・価値をつくる
  ⑤船頭・・・レバレッジを活用する
  ⑥音楽家・・・調和する
  ⑦  支配人・・・基準を上げる                

様々な人々に出会う事によって何が大切な事なのか少年は感じとる事が出来たのである。

最後にやっと富の泉を販売する女性に会う事が出来たのであるが、富の泉そのものが大切ではないと言う事にその時の少年はしっかり気付く事が出来たのである。

女性は人々に富を得たい人々に方向を示す事によって利益を得るようなコンサルタントやガイドの役目を果たし富を築いていたのである。

すなわち富の泉とは自分自身から湧き出る才能であったり、自分が持っている価値と言う事になるであろう。

彼女はそのれを見つける手助けする才能や価値があったのである。

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シンガポール富の噴水

最終的には少年はしっかり自分のやりたい事を見つけて自分の家に帰っていくのである。

正直この本を読んだときに、小学生の時にこの本に出会いたかったと素直に思った事を覚えている。

ある意味この本はウェルスダイナミクスの応用が書かれていると言ってもいい

もしあなたが少し年齢いっている大人だとしても、この本は一読に値するので是非読んで欲しいと思うのだ。

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ロジャーハミルトン

 フューチャリスト(未来学者)。社会起業家。
ウェルスダイナミクス/タレントダイナミクスプロファイリングシステム・ウェルススペクトルの考案者。
アジアを代表するビジネスコンサルタント。
毎年、アジア各国、イギリス、オーストラリア、南アフリカ、アメリカで、最新のビジネスツールやテクノロジー、ビジネストレンドをテーマにしたイベント「Fast Forward Your Business」を開催しているほか、バリに所有するリゾートで起業家を育成するプログラムなども開催している。また自身が考案したプロファイリングシステムは、世界中で10万人以上の起業家たちに活用されている。
著書には、「Your Life Your Legacy」(邦訳「億万長者 富の法則」2009年4月 中経出版)、「WINK」(邦訳「億万長者の秘密をきみに教えよう!」2010年10月 訳者:鳥居祐一 中経出版)、「Millionaire Master Plan」(邦訳「才能は開ける」2015年4月 フォレスト出版)がある。
香港生まれ。バリ在住。トリニティ・カレッジ(ダブリン大学所属)やケンブリッジ大学で教育を受け、学位を得た直後に起業家となり、成功を収めるまでにさまざまな失敗を経験。現在、出版、資産運用、イベント運営やトレーニング、そしてフランチャイズなどの分野でいくつもの事業を運営。 

オリソンマーデン…レター  おすすめ度3.7★★★

オリソンマーデンはナポレオンヒルやその後の自己啓発作家に多大なる影響を与えた人物である。明治時代では彼の本がベストセラーになりあの中村天風は彼に会いたいが為にアメリカに向かったと言うとても影響力のある人物である。

現代の自己啓発書の大家、ディール・カーネギー、ナポレオン・ヒル、ロバート・シュラ―、ノーマン・ピール、オグ・マンディーは、多分に漏れず、マーデンの影響を受けているようです。 成功出来るか否かを左右するのは、「目標設定」が正しく出来ているかどうかであり、これによって80%が決まる。

成功出来るか否かを左右するのは、「目標設定」が正しく出来ているかどうかであり、これによって80%が決まる。 成功出来るか否かを左右するのは、「目標設定」が正しく出来ているかどうかであり、これによって80%が決まる。

さて今回紹介するのはリチャードHモリタが主催する出版社が出している本であるザ.レターと言う本である。

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成功出来るか否かを左右するのは、「目標設定」が正しく出来ているかどうかであり、これによって80%がきまるとこの本でいってる。すなわち目標を決めなさいと言う事である。

この本はオリソンマーデンが知り合いの子供が新たに仕事を始めるにあたりその門出のために送った手紙と言う設定で話が進む。

          魚釣りの仕方を知る

その中で一番私の心に残った言葉は魚が欲しいと言う人がいればその人には魚を与えるより魚釣りの仕方を教える方が良いと言うニュアンスの言葉が出てくるのだがその言葉はとても響いた。

なるほど現代に生きている私たちもお金に振り回されたり、仕事で悩んだりすることがある。その中でも特にお金は身近な事だ。

お金が欲しい欲しいと言っている人に何億円と言うお金を与えるよりも何億円と言うお金を稼げる技術や方法を教える事の方がよっぽど重要であると言える。

芸能人でも自分のドラ息子に小さい頃からお金を渡してばかりいた事が裏目にでてしまい。息子が逮捕されるなんて事がよくある事である。

その息子たちが自立できるように小さい頃からお金について、生活について

しっかり指導していたらそんな事にはならなかったのではないだろうか。

その中でも印象に残るセンテンスをはこちらである

一日一日は人生の縮図なんだよ。
  そして夜はその一日の「審判の時」だ

批判に耳を傾けながらも無視をする
  という対応は実に賢明である

③ まず毎月の収入の1割を貯金に回すことを今すぐに実行することだ。
  ・・・そして、この貯金には、いかなる理由があっても
  手をつけてはならない。

この本を読んでいて一番思ったのが私も自分の子供や甥っ子姪っ子に対してこの様な優しさを贈ってあげる事が出来るのかと言う事を一番真剣に考えてしまいました。

マーデンは人生で色々酸いも甘いも経験した苦労人である。だからこそこのように自分より若い世代にたいして惜しみなく自分の知識を与える事が出来たのであろう。

自分を客観的にみる良い材料ではありますのでこの先さらに後輩を指導して自分も大きくなりたい人がいたらその方にはおすすめです。

是非お読みください。

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Orison Swett Marden 
オリソン・スウェット・マーデン博士(1848–1924)は、人生の成功について書いた1897年にSUCCESSマガジンを設立したアメリカの感動的な作家でした。彼の著作は、バランスのとれた成功をもたらす常識の原則と美徳について論じています。彼のアイデアの多くは、新しい思想哲学に基づいています。
彼の最初の本、Pushing to the Front(1894)は、ベストセラー
 1897年に創立されたMarden's Success誌は、最終的に約50万人の購読者の流通に成長しました。この出版物にはニューヨークに独自の建物と印刷工場があり、200人以上の従業員の労働力によって支えられていました。
彼の雑誌のために、マーデンは自己文化、個人の発達、成功の原則に焦点を当てた記事を書きました。
他の記事では、成功した男性と女性の個人インタビューが取り上げられました。著名な公人には、故テディ・ルーズベルト大統領、詩人ジュリア・ウォード・ハウ、発明家トーマス・アルバ・エジソン、アレクサンダー・グラハム・ベル、ジョン・D・ロックフェラー、アンドリュー・カーネギーなどの主要な産業家が含まれた。これらのインタビューの50以上は、後に本の形式にまとめられました。
この雑誌は、ダラスに本拠を置くSUCCESS Partnersによって今日でも発行されています。 マーデンは、統合百科事典ライブラリ(1903、1906、1907)の発行を監督する編集長を務めました。これは、一般大衆と特に若者のために書かれた19巻の共同作業です。彼はまた、20世紀の最初の20年間、エリザベスタウンのニューソートマガジン、ノーチラスに定期的に寄稿しました。この期間中、彼は初期のニューヨーク市に本拠を置くNew Thought組織League for the Larger Lifeの初代会長を務めました。